ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6956、閑話小題 〜志村けんショック
寅: 俺に、その仏像、貸してくれよ!
熊: 御前に貸すと、かえってきたためしがないから、嫌だよ。
・・・・・・
2013年03月31日(日)
4397,「武士道」という諸悪の根源
* 「武士道」という諸悪の根源 《「世間」の捨て方 ー3》
「武士道」が諸悪の根源という説は面白い見方。しかし少し考えれば当たり前
のこと。徒党を組んだ侍の親分が武力で農民の米を徴収し、仲間内に配っていた。
その暴力装置を持つ集団が綺麗ごとで尤もらしい規範をつくりあげだけ。
それを子育てを含め根こそぎ否定しているところが新鮮。ーその辺りから抜粋ー
≪ 子育ての見本として、絶対に見習ってならないのが江戸時代の武士道。
「武士という者が日本を悪くした存在です。(略)武士の頭の中にあるものは
主君に使えるということだけ。端的に言えば、奴隷ですよ。(略)・・
この奴隷というものを、武士道だなんて、日本人はやけに持ち上げるんですよね。
・・(略)その点、ヨーロッパは違いますね。武士はすべて傭兵だった。
戦争は国王が傭兵を使ってするわけです。武士は『七人の侍』みたいなもので、
雇われの用心棒だった。「日本は典型的な武士の社会。
鎌倉幕府が成立して以後、ずっと軍事国家だと私は思っています」≫
▼ 現在も武士社会が会社に入れ替わっただけ。そのため現在でも勤め先の藩と
役職と禄高で、社会的評価がされている。そうこうみると、我われは現在でも
奴隷、それも人生の大半を何も考えずに、その生活に満足して過ごす。その中で、
人は趣味を見出し、奴隷生活の中で自由な時間を持つ。士農工商が江戸時代の
身分制度。そこで他の奴隷管理をしていた武士のつくった武士道など
信じるなどもっての外。 ーウィキペデアで葉隠れをみると
≪「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」葉隠の中で特に有名な一節。
葉隠の全体を理解せず、この部分だけ取り出して武士道精神と単純に解釈
されていて実際、太平洋戦争の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われたが、
山本常朝自身は「私も人である。生きる事が好きである」と後述している様に、
死を美化した書物と一括りに出来ない。現代でいうビジネスマナーのマニュアル
に近い記述がほとんど。また衆道(男色)の行い方を説明した記述等、一般に
近代人の想像するところの『武士道』とはかけ離れた内容もある。戦後、軍国
主義的書物という誤解から一時は禁書扱いもされたが、近年では地方武士の生活
に根ざした書物として再評価されている。先述したように処世術のマニュアル本
としての一面もあり『葉隠』に取材したビジネス書も出版されている。≫とある。
奴隷社会の処世術というところ。どうも日本人は、やたら道を付けたがる。
商人道、柔道、剣道とか。何かを極めるのに、どの位置にいるかを知る道標が
必要だから、道を思い浮かべたのだろうが。日本が、戦後、ここまで経済成長を
遂げたのも、江戸時代の「お家制度」の文化が背景にあったのも事実。
絶対否定は出来ない。元長岡藩の城下町、今でも色濃い武家社会の影響が大きく、
世間とかいう噂の奴隷の群れがいる。
03月31日(火)
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