ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4599, 閑話小題 ー座りオシッコの話
初めて母親の声を聞いたとき、「私」が個体としてこの世界に生まれてきて初めて「私」=《私》は
「私は私が母の声を聞いたことを知っている」という「超越確実言明」を行います。
これは、言明の正しさの基礎となる「超越確実言明」のうちで最初に発生するのが、
「私が存在する」ではなく、「ある他者が存在する」であることを意味しています。
そしてこのとき同時に、《私》の存在の基盤が与えられます。それは、「私」が《私》になる瞬間です。
個体としての、物質としての「私」は、「存在を引き受ける者」です。
個体としての、物質としての「私」は、「存在を引き受ける者」によって《私》となり、
最初の「超越確実言明」を行うということです。「超越確実言明」の強度は、論理的な正しさによるものではなく、
「《私》の存在」の強度に支えられています。そして「《私》の存在」の強度は「<他者>による引き受け」によって
その力を増していきます。頑健な「超越確実言明」の上には、堅牢な「論理」を構築することができます。そのようなとき、
その論理によって構築される<言葉><価値><物語><世界>は、頑強な「個別の正しさ」を持つことになります。
 * 弱い「超越確実性言明」−
逆に、<他者>によって「厚く引き受けられない」とき、「《私》の存在」は強度を弱め、
「超越確実言明」も弱いものとなっていきます。そうすると「超越確実言明」を基盤として、
その上に<価値>や物語>をつくり上げることが難しくなってしまいます。
前に書いた、「仮面」を思い出してみてください。仮面と、その下の顔の関係です。
「仮面」が役割であり、「その下の顔」が「私は〜である」という形式の「超越確実言明」です。
芝居を上手く演じるには、ある程度その「舞台」、つまりは<世界>に
没入しないと上手くいきません。「没入できる」ということは「戻ることができる」ということが前提です。
(字数の関係でカット2010年10月19日)
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2005年10月19日(水)
1660, 「人生の実りの言葉」          読書日記
「中野孝次」著の「人生の実りの言葉」がよい。その冒頭の「愛」についての言葉が胸に突き刺さる。
愛について、これだけ解りやすくストレートに語っている言葉も珍しい。 
 ーまずは、その一説を書いてみる。
 (字数の関係でカット2013年10月19日)

10月19日(土)
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