ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4290, 学ぶということ −4
同じことは「正義」「節制」「勤勉」「清貧」などあらゆる道徳的価値に言える。
(字数制限のためカット 2011年12月14日)
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2006年12月14日(木)
 2081, あたりまえのことばかり −20         才八∋ウ_〆(∀`●)       
  ここでは哲学という視点で、心の問題を取り上げているが、感情について、なかなか切れ味は鋭い。
  「激しい感情が、向こうからの訪れる」とは、なるほど!である。 向こう側とは何処なのか?
  学生時代に[情念の話術]という本を読んで、実際に自分で試したことがあった。
  喜怒哀楽を前面に出して、自分を押し出して、話しをする。車でいうと、感情というエンジンを前輪駆動にする。
  これをやりだすと、それまでと全く違った自分を見出せる。
  抑えている感情を逆に、エンジン代わりに言葉にのせて自分を奮い立たせる。
  これは性格改造にもなるが半面、非常に危険である。一つ間違うと、周囲を深く傷つけてしまう。
  これはヒットラーが大衆を煽動する手段として演説などに使った。よほど計算を緻密にしておかないと、
  自分が見えなくなる。しかし自分の感情を常に支配下に置くに、よい訓練になった。
  感情を道具にするのだから。傷つくということは、感情に支配さえていることだから! 
   ー傷を癒すには傷とは何か、傷つく感情とは何かを、考えてみなければなるまい。
   虚構の自我に捕らわれている自分に気づいていない無知が、勝手に傷ついているだけ。
  要点を抜粋してみる。
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 どうすれば癒されるのか −?
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 私が私であり、私の心が私の身体の中に存在するという錯誤の世界像を思い込んでいる人だけが、各種のグッズや
 セラピーによって「癒される」。癒されたと思い込むことができる。「本当」の傷を負った人々は、
 そのような単純な主客二元の処方箋では治療できず、「本当か」の問いに直面するのではなかろうか。
 すなわち、傷ついている人は誰なのか。「私の」意志を越えて立ち上がるこの感情の激しさとは何か。
  (字数制限のためカット 2010年12月14日)
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2005年12月14日(水)
1716, 絵文字が面白い!ー2
  ー喜怒哀楽の絵文字
 (以下、字数制限のためカット 09年12月14日)
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2004年12月14日(火)
1351, 全日本相撲選手権
  (字数制限のためカット 2010年12月14日)
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2003年12月14日(日)
984, 電波時計 
 (字数制限のためカット 2010年12月14日)
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2002年12月14日(土)
610,ある時間の断片-24
  10月24日 木曜日
6時半起床。 7時半に三浦さんが上京の為に、車で駅までおくる。ホステラーが帰った後、一人で過ごす。
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2001年12月14日(金)
269,再開発の愚
過去に書いた再開発の愚の文をコピーしておくが、懲りずまたもや新潟駅前で始まった。

 (字数の関係でカット08年12月14日)
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12月14日 土曜日  1968年
 12時に、同級生の雨宮のフォークソングのライブを聞きに行く。以前、長岡の自宅の遊びがてら泊まりにきたことがある友人だ。
ーその見返りに茅ヶ崎の旅館に泊まりに行った。
 (字数の関係でカット12年12月14日)

12月14日(金)
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