ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4030, 一時停止  ー谷川俊太郎ー自選散文
ある本の「撃墜王の戦法」がなかなか面白い。そのまま書き写してみる。ー第二次世界大戦で「独特の戦法をとった」
二人のパイロットは、ハルトマン少佐とその師であるロスマン軍曹。ハルトマンは確認されているだけで敵機352機、
ロスマンも80機以上も撃墜している。その戦法を最初に考案したのはロスマンである。彼はパイロットになりたての頃、
完治不能の傷を負った。普通、接近戦になると体力が勝っている方が有利であった。そこで普通の戦法ではとうてい
生き残れないと悟ったロスマンは、考えつくした末、自分の体力を補うテクニックを編み出した。
彼は体力戦勝負の接近戦をやめて、計算しつくした戦法に切り換えた。一つ一つの攻撃に、それぞれの計画を練り上げた。
敵に実際に銃弾を浴びせることを考えないで、どうチャンスものにするか、さまさまな情況を分析することに多くの時間を
費やしたのである。彼が攻撃に出るのは確実に勝利が取れるポジションを取れたときだけだった。
理想的な標的となった相手にだけ、ありったけのエネルギーを使って集中攻撃をしかけるのだ。
ハルトマンは、ロスマンの「相手をよく見極めてから集中砲火を浴びせる」戦法が優れていることを自らの戦果で証明をした。
 ▼ ー以上のことより学ぶことは、完治不能の腕を持ったことで、考えつくして全く違った戦法を自ら作ったことである。
 (字数制限のためカット 2012年4月7日)
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2003年04月07日(月)
 733, 30年間着ている礼服
現在も着ている礼服は忘れもしない記憶がある。ちょうど30年前になる。父が「あと2週間の命」と医者に宣告された直後に
母にいわれて、「村田仕立て屋」に、父に解らないように出かけて、つくったものだ。今でもしっかり冠婚葬祭に着ているが、
全く古い感じがしない。私が子供の頃に注文服も扱っていた頃から出入りしていた仕立て職人で、腕がよい人だった。
  (字数の関係でカット2011年04月07日)  
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2002年04月07日(日)
 369,植民地経営
西アフリカに行った時聞いた話しである。 文明国を統治する方法として、次の3つがある。
1、直接統治 2、間接統治でそこの王族と手を組み統治 3、隣国に間接統治の王国に攻めさせ統治
大体がこの3つである。まずはフレンドリーに入って行き、徐々に統治していく。その前にキリスト教の宣教者を派遣して、
内側から攻めていくのが常套手段だ。秀吉がそれに気づき、キリスト教禁止令を出したのは賢明だった。
戦後の日本も戦犯の天皇や官僚をそのまま温存させたのも王族の間接統治を狙った為だ。今の日本は王族を飾り物に、
戦後から続く官僚の支配がそのまま続いている。そして悲しい事に、間接統治をされていることに全員満足している。
この不況は「1986年のアメリカのバブル押し付け政策」の結果である。そして、直接支配に今露骨に入ってきたのは
周知の事実だ。今回の9・11テロは、この間接支配の露骨のアメリカ世界戦略に対するテロである。

04月07日(土)
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