ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[395207hit]

■3372, 「めんどうくさい」が不幸のはじまり!
何と3億1500万の値段であった。金に余裕があったら買いたいぐらいだが、色いろ権利が入り組んでいて力に余裕
がないと手を出せないのが残念だ。バブルの大きな傷を残した一つの事例である。それにしても、この差額は実際誰が損を
こうむるのだろう。間接的に国ー国民なんだろう。二年前に、このまん前のホテルも20数億が3億5千万で、競売が落とされた。
・最近、昼飯を食べにいってもお客の少ない。そういえば、私も昼飯の単価が2?3割も下がっている。
近くに牛丼の「松屋」ができ、他がランチの値段を下げた為だ。。・一昨日は、宅建主任者の3年に一度の講習会。
長岡郊外のハイブ長岡であった。大きな会場で500人位が受講していた。初めて時計を持たずに行ったのが正解で、
あっという間に時間が過ぎた。危険物取扱者の受講もそうであったが、真面目に講義を聞くのがポイントである。
せっかく時間を過ごすなら、その時その時のテーマの中心から目をそむけないのがよい。宅建の内容は聴いていて面白い。 
法律の改正の変化が世相を現している。何事も、まともに聴いているとなかなか面白いものだ。大學時代がそうであった、
授業とは面白くないという概念が根本から崩れた。特に専門コースに入ってから面白くなった。
・・・・・・・
2003年06月19日(木)
806, 『自分様と馬の骨』 読書日記
 ーなぜ認められたいかー
「ぶざまな人生」「わたしを認めよ!」「まれに見るバカ」等、彼の文章のタッチの面白さに、次々に買って読んだ。 
人間の一番の本音をあまりにもシビアに書いている。先日、図書館でこの本を見つけたときは、しめたと内心叫んだ。
早速読んでみるとやはり面白い。「わたしを認めよ!」の続編であり、何ともいえない力がこもっていた。
彼のいっていることは別に難しいことをいっているのではない。
・自分を持して一生懸命に生きればよい、
・ダメならまた自分を立て直してやり直せばよい。たとえそれがぶざまな人生であっても。
「懸命に生きる」とは「自分ひとりの関係」である。それが自分様であり、自己が自分になっていくことだといっている。
人間は自分はとるに足りない馬の骨と思うことに耐えられないのだ。特に比較において。友人との年収の差、学歴の差、
同業他社との利益の差、性経験の差において、馬の骨として、耐えられないのが人間であると主張。 創業を経験すると、
人間観が変わるーこれは私だけでないと思う。自分の骨の髄のエゴイズムを知ることになるからだ。その骨の髄のエゴイズムから、
出発をしなくてはならない。それを嫌というほど、自分に対して思い知ることになる。表層で生きている人は、創業のそのリアルな
姿を見て冷笑する。
(字数制限のため中間カット 2010年6月19日)
   『自分様と馬の骨』
 勢古浩爾 著 長岡中央図書館 2003年6月15日
・・・・・・・
2001年06月19日(火)
 [57] 3D-ホームページ
今日は午前、午後パソコンずけだ。 午前はインテリア山下の南雲さんと、富士総業の小竹さんと
3d開発の増嶋さんだ。 そして夕方はパソコン教室だ。 パソコンはやはり凄い世界だ。
このホームページの作成だけでも、背後に多くのエネルギーが入っている。
何気なく見過ごしている中に、情報がびっしりつまっているのだ。 情報革命は時代を大きく変えるだろう

06月19日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る