ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2978, バブル崩壊以降、揺れ続ける雇用事情
昨夜のTVに出ていた立教大学の岡本教授といえば、観光科を創設した人だったが?そこまでは解っていない
レベルでしかないのだ! その背後にあるものは、情報革命ーIT化が進み、合理化が可能になった為である。
 ビジネス客が3分の1ということは、ホテル業そのものの壊滅状態といってよい。
その中で生きていかなくてはならいのが、実情である。朱鷺メッセが8000室の予約が入っているとか、
結婚式が年内満杯とか、開業の年だけは、ブームに乗っているのかもしれないが、どう見てもおかしい!
2~3年後に必ず、この馬脚があらわれる。 誰がタクシーを使ってあそこまでいって宿泊するのだろうか!
一日5人か10人ならいるかもしれないが。長岡のGホテルは、その程度しか宿泊はないとか。
それも駅から歩いて3分の好立地であるのに。他人事ではないのが深刻だが、何とか切り抜けそうだが? 
大津波が日本・世界にきているのは事実である。その先端の大波がこの業界に来たということだ。

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2002年05月31日(金)
423, 酒の話?1

学生時代も、勤めていた時代も、どこに行ってもすぐ見つけるのが、飲み友達と、いきつけの飲み屋である。
地元で今も数人いるが、そのうち特に飲んだ二人は亡くなったり転勤で居なくなった。
転勤の一人は新潟に出張にくる度、今でも年3回は飲んでいる。特に勤めてからのそれぞれの地方の酒が忘れられない。
やはり金沢の酒が忘れられない。なんともいえない味がそれぞれの店にあった。
歴史の深みであろうか。転勤商売も苦しいだけ、そういう楽しみもある。
苦しい時期ほど、そういう居酒屋の酒がうまっかった。新潟では20年前から5年位前までの酒が、
特に美味しい思い出が多くある。大学時代の友人が、丁度その時新潟に転勤で赴任してきており飲み歩いた。
それと数年前に亡くなったが「新潟駅前の花園の町内会長をしていた不動産やの社長」と古町を飲み歩いたことだ。
有名な老舗の小料理屋や料亭を芸者をあげたりして飲んだ。
数十回も。 自分では間違ってもできない昔流の粋な遊びを教えてもらった。
亡くなってからは、当然のこと料亭などは全く行ってない。丁度「海外旅行と遊びの入れ替え」の部分があったが。
飲むほうも、その時期時期に一応一とおりのことを経験した。

05月31日(日)
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