ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2462, つれづれにー大晦日
同じ景色でも経験を積んだカメラマンの目は鋭い。
私などいつもマニアの後について回っている。
旅行は日常から離れる事ができ、色いろな知識と経験を積める!
・・・・・・
2001年12月31日(月)
286、良質の人材とは-
「ビージョナル・カンパニー」という本を知人に紹介され、
その後その人と酒を飲んだ。ある目的のために人材を集めるのでなく、
まずよい人材を集め、それから何をやるか決める、という逆の見方である。
考えてみればその方が正論である。
ある人材が何人か出会い、さて何をやるかを考えそれをやり遂げていく。
その上で明確な目標をきめていく方が筋が通っている。
酒を飲みながら、それではよい人材とはどういう才能をいうのだろうか?
という話の内容になった。酔っ払いが話しているのだから、
いい加減の内容であったが、それでも結構真実をついていた。
「自分で問題を見つけ、それを解決する手順を考え、
着実に実行やり遂げる能力である。」それがその時の結論であった。
そう考えると、私も悪い人材ではないと少し安心した。
そういう目で周辺を見渡すと、なるほどと思う。両親、兄、姉、義兄も元上司、
友人を見渡せた。大学時代のあの男、高校のあの男、なるほどと思った。
その視点で見たとき、よい人材といえる人はごく僅かである。
その点で誰もが安心してよいのではないか。
その時、その知人が言うに、「ビジョンとは、夜旅をしている人が星を目安にして、
自分の位置を確認する。その人の一つの星がビジョンでないか。
それを時々確認しながら一山二山乗り越えていくことではないか」
なるほどといやに合点した。
日本的に言えば「志を持つ」ということか。
来年は自分の若いときの志はなんであったかを、早々考え直してみよう。
・・・・・・・・・・
ある時間の断片
12月31日 1968年
あと10分で1968年も終わる。
学生時代最後の年になる。
今年を振り返ると、色いろなことがあった。
・三月下旬から2週間、石川君と一緒に、卒論の「流通革命」を書くために
大阪の船場のメリヤス問屋に住み込みで流通の現状を見てきた。
生々しい旧来の世界と、そこに蠢く人間がいた。
・帰って直後に、欧州旅行の川崎と深井と松村と九州旅行に出かける。
先ずは川崎の家に行って一泊をする。ところが川崎は事故がおきる予感が
すると言って、急に旅行から降りた。三人で今度は名古屋の酒向の家に行く。
家に泊めてもらって、その夜は高級中華料理店で最高級のご馳走だ。
こんな美味しい中華料理は初めてであった。それから九州に行く。
九州の鹿児島で聖心女子大のグループと落ち合う。
1泊2日の薩摩の彼女等との旅行は一生忘れられないだろう。
・そして4月に父に「もしアメリカに行きたかったら、全ての費用を
出してやるから留学をしてこい」と急に言われた。その気になったが、
英会話に通うこと2ヶ月で、急ごしらえの留学は無理と断念をした。
そこでの自己葛藤があった。
・またその時期に、石川に勧められて「武沢ゼミ」に入った。
これは私にとって前の年の欧州旅行とともに大きな出来事であった。
・そして急遽ジャスコオカダヤと長崎屋を受験。
両社とも合格する。ジャスコオカダヤに決める。
・夏休みは、卒論のための本を十数冊買い込み読む。
9月に二週間、10月に一週間、新潟県の六日町の禅寺の「雲洞庵」
で、集中するために籠る。
・11・12月は、かなり頭を使いすぎたため不安定な時期になる。
去年に続き今年は、これからの人生での土台になる事があった。
ーそう書いているうちに、あと三十秒で今年も終わろうとしている。
・・・
ここより今年である。
1969年になった、学生から社会人の年になるのだ。
今度は自分独りの力で生きていかなくてはならないのだ。
頼れるのは自分だけである。
人生は三つの戦いがある。
自分、他人、そして自然との戦いだ。
先ずは自分に打ち勝たなくてはなるまい。
信念としての決意は「自分に打ち勝つこと」だ。
12月31日(月)
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