ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396563hit]

■2446、狂気について
新聞を読んでいると、後輩の米林君がくる。寮の佐藤嬢とのノロケを聞かされる。
別れようが別れまいがどうでもよいだろう。23時に就寝。

ー反省ーゼミでの論理の曖昧さを実感した。もっと本を集中して読まないと。
批判にしてもプラスマイナスを明確に把握、その為には、本を4~5回は読まないと。

10月26日 土曜日
朝10時起床。
午後は卒論や音楽を聞いて過ごす。
22時から、先輩の河路さんのオーストリアへ留学の送別会だ。
彼らの仲間のOBが主体でやる。

全く彼等とは上手くいかない。私の吊るし上げに近い状態だった。
もう少し寮の先輩らしくしろと言っているようだ。
彼等の目で見たらそうかもしれないが、如何しろというのだ。
自分の世界に一人割り切りすぎるというのか。
まとまりのある寮にしろというのは自分が外に行き過ぎていることか。
2次会の終了後、市川さんと飲みに行く。自棄酒で夜半の2時に帰ってくる。
市川さんが気の毒と思ってくれたのか奢ってもらった。 ぼろぼろだ。

・・・・・・・・
2001年12月15日(土)
270,本屋と図書館

“私は書物を人にはすすめない。その人にとって本は買うまでが勝負である。
本屋でこの本を自分が買うと決めるその一瞬こそ最も大事なのだ。”
(第一生命・桜井社長・“NHKトップインタヴュー”より)
本屋に行くと何ともいえない緊張感がある。そのせいかもしれない。
自分でリサーチをして、そして決断か、情報万引きー立ち読みか、本当の万引きか、
その雰囲気を楽しむか、いろいろあるからだ。
週に二回か、三回行く。その時の時勢が反映しているのが面白い。
最近はネットの「紀伊国屋」や「アマゾン・コム」で、半分以上買うようになった。

桜井氏の考えにも一理あるが、私など是非そのような人物が近くにいたら、
教えてもらいた。といってやはり自分で苦労して捜してこそ意味があるのも当然の事だ。
本屋とか図書館に神か妖怪がいて、自分が真に求めている所に導いてくれるという。
誰もがその不思議な出会いを経験しているはずだ。
立花隆の「僕はこんな本を読んできたT・U」が今の私のガイドブックになっている。
トイレに置いてある。一度座るたび、ダイジェストで一冊の要約を知る事ができる。

・・・・・・・・・
ある時間の断片
12月15日 ー日曜日
 1968年

 朝10時に起床。午後も何となく過ごす。 夕方食事に行き、
 その後独りで本を読む。その後卒論をまとめたりして過ごす。
 今朝ゼミの植本君から一昨日の礼状がきていた。
 その番のうちに礼状を書いて翌朝速達でよこすとは凄い。
 それだけ感激したようだ。しかしこの気持ちが一番大事なことである。
 先日のゼミの私が創作をした内容は実家の商家をモデルにした。
 そこでの人間関係を現在の寮の自分の立場に置き換えて話した。
 しかし、あまり練ってなかったので、その場でパフォーマンス的につくり変えたので
 矛盾点が出たのだ。 どうしても表面的な受け答えに なってしまった。
 必死に突っ張っている自分がそのまま露呈したようだ。

12月15日(土)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る