ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2432, 田淵節也 −「私の履歴書」最終日
知人が最近スーパー床屋に切り替えたと言っていた。
月に一回行っていたのを2回行くようになったとか。それでも安いという。
「将来殆どがスーパー床屋にきりかわるだろう」と言っていた。
自宅の近くのSCゾーンの一角にスーパー銭湯が開店するが、
その中にスーパー床屋が併設されると家内が言っていた。
500円の銭湯に1500円の床屋で2000円である。
それでも床屋の半額なら大部分がそちらを選ぶだろう。
今の回転寿司と寿司屋の使い分けの状態ににてくる。
寿司屋も数年前に80lは回転寿司に取って代わると食堂専門誌に
書いてあった。現在その流れが加速している。
年に1〜2度寿司屋に行って、月に1〜2度回転寿司に行くパターンになってきている。
学生時代の事を思いだした。池袋駅の地下に半額に近い床屋があった。
多くの若い女性の従業員がいて広い店であった。
いつも満杯であった。ただ一回で二度と行かなかった。
若い女性にミニスカートに胸の開いたブラースを
着せて色気を売っていた店がある時期流行ったという。
クラシックを流している床屋もあった。
何か床屋談義になってきた。
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[253] イケスの魚
2001/12/01 10:23
北欧のある国に本当にあった話。
あるイケスの魚が元気がよく、そこの魚は特に高くれていた。
その秘訣を聞いても誰にも絶対教えなかった。
そして死ぬ時、息子に初めて明かした秘密とは
「雷魚などの、食肉魚を一定の割合で入れとおく」という。
魚は何時襲われるかもしれない為、緊張感を常に強いられ泳ぎ回っている。
その為活きがいい状態に保てるためだ。なるほどと唸った。
我々は食べられた損失に目が行き、全体の利益ー活性を忘れてしまう。
組織論でよく事例に使われる喩えだ。かなりの危機がないと、
その中は逆に全体が死に瀕してしまう。仲良しクラブになってしまうからだ。
生もしかり、常に死への危機感を持ってないと‘生’が活きてこない。
内なる危機を常にもっている事は必要であり、それこそ外から入れても
その状態にしておかなければならない。
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ある時間の断片
12月1日(日曜) 1968年
今日から今年最後の月である。
私にとって色いろやらなくてはならない事が山積をしている。
卒論に、他いろいろである。 11時に起床。
17時まで、中途半端な時間を過ごす。勉強に集中できない。
これでは計画通りにいかないのにどうしたことか。
12月01日(土)
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