ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2036, 躁鬱病について −4
恐らく「神の指示で乗れといわれたのに何故乗せぬ」と言っている
ようであった。
最後の結末をみないで飛行機に乗ったが、インドの社会を最後まで
見せ付けられた出来事であった。
インドは普通の感覚では考えられない身分社会なのだ。
牛が堂々と街を我が物顔で歩いているのだ。
宗教上で神聖な生き物なのだ。
以前にも書いたが、20lのある階級は餞民で人間とみなされないのだ。
交通事故死でも警察が取り合わないという、牛なら騒ぎになるが。
実際その経験談を読んだ事がある。同乗した車が餞民を轢き逃げしたが、
その後新聞でも何も載ってなかったとか。
轢いた本人も犬を引いた程度としか思ってなかったのに驚いた、
と書いていた。まあ凄い社会である。
一度はこういう社会を見てみるのも必要な事だ。
4年前に書いた文章をコピーしておきます。
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10/11
インド旅行記 ー私のみた北インド
“インドとは...”など滞在一週間のツア−では表現できない。
面白いほど多様な国である。まず印象を列記してみよう。
@ 汚く、臭く、多種多様な人種、動物が“ごった煮”されている国であった。
映画の“深い河”や二本のTVドキュメント、本は五冊読んで実際行ってみて、
ここまで貧しく、奇異に感じるとは!
A 大部分がバスの異動であったため、点というより線でインドを見れた。
“街の生活”や“田舎の街道”よりみた地域ごとの暮らしが印象に残った。
小さな節穴より垣間見た程度であったとしても沢山の事を見て、
感じ取ることができた。
B ヒンドゥ−教の聖地ベナレス。生まれて初めて見た“美しい日の出”
その日の出がガンジスに反射する陽光!そこでの聖なる沐浴の光景!
三千年前とほぼ変わらぬ宗教的行事という。その岸辺での火葬の情景!
帰りの道すがらの物乞いの一団。
ふと気づくとライ病の集団に一人囲まれていた。
C インドの2/3が最下層に属し、ほぼ乞食に近い生活をしているといって
オ−バ−でない。野良犬、野良牛、野羊と全く同じ感覚で一緒に生活している。
日本の80%が中流意識とは対極にあるといってよい。
帰ってきて今でも日本が逆に奇異にさえ見えてきた。
−完璧すぎる平等と潔癖症。そして豊かさが。
D インドはヒンドゥ−教とカ−スト制を抜きでは理解できない。
おおよそ4階級に身分制があり、皮膚の色により白系(一億人)、
赤系(一億人)、黄色(一億人)、黒色(四億人)に分類されている。
我々が街で目にするのは最下層の人たちが主で、動物並みにしか上層の人より
見られておらず、本人達もそう思いこんでいる!
(ヒンドゥ−教の教えがその裏付けされている)。
白色ほど身なりがキチッとしているのは私達でさえ判断できた。
レストラン、ホテルなどそれぞれ決まっており、決して違う層は入れないという。
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[203] 夢ー11
2001/10/30
五〜六年前にみた夢で忘れられないのが、自分の葬式の祭壇を見たことだ。
学生時代住んでいた部屋であった。久しぶりに寮の自分のいた部屋を覗くと、
それがあった。恐らくもう‘あの時の自分がもう終わってしまった’
というシグナルだったのではなかろかうか。
何か変な奇妙な印象が残っている。
どんどん変わっていく中で変わらないのが過去だけだ、しかし夢でさえ
もうあの時の自分は消滅したといってくる。
それから一年に一度位見ていた寮の夢をほとんどみなくなった。
ーまたこんな夢もみた。
中東?の兵隊の自分が絞首刑になる夢である。7〜8年前か。
それを当人になっている自分と、それを上から見ている自分がいた。
その瞬間もう一人の違う自分に移り、やはり絞首刑を経験する夢である。
いやに茶色の埃っぽいイメージが残っている。その前に確か廃墟の建物を訓練で
数人と昇っていた。
非常にリアルな、前世の自分の過去霊をが夢に出てきた?感覚であった。
これとは全く違うと思うが、瞑想をしていると、突如「タジータジーダ」という
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10月30日(月)
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