ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7967,読書日記 〜《 この世はウソでできている〜A 》
に生きればそれでいいはずだ。人間に理性があるのは人生が一回性でない証拠
である。たった一回で、人間は悟れないことを神は御存じだから、数多くの転生
を繰返す中で、善悪の何かを悟って、最終の人生で因果から解脱をして神の国
の住人になるのである。まことに気の遠くなる話だ。自分のことを考えると
怖ろしくなる。一体あと何度転生を迎えればぼくは因果のサイクルから抜出せる
のだろう。あの恐ろしい霊界に再び戻らなくてはならないのかと思うとぞっと
する。なぜぼくが霊界を恐ろしいかと思うかというと、現在の自分の本性を
よく知っているからである。なんともいやな自分である。こんな粗雑な罪深い
自我が霊魂になった時、霊界で体験するビジョンを想像しただけで、身の毛が
よだつ。『チベットの死者の書』では、「汝は肉体を持っていないのだから、
たとえ身を切られようと恐れることはない」と諭している。
しかし、たとえ肉体がなくとも肉体感覚だけは残っているはずだ。よく夢の中で
体験する恐怖がある。あれに似た様なものだろう。いや、あれ以上に増幅されて
いるはずだ。人間は死ぬと天国か地獄に行くといわれる。天国も地獄も、その
人間の因果次第であり、全て想像が作るビジョンである。これはあくまで幻覚で
あるが、霊の世界ではすざましいリアリティを持っているはずだ。夢が幻想で
あるにもかかわらず強いリアリティを持っているように。… ≫

▼ 前準備を含めて50年以上の実務を終えて第二か、第三の人生を踏み出して
 7年間、心の底では輪廻転生を繰返していたような。因果応報のカエリ矢が、
次々と… これでも、後味の悪くなることは、極力、避けてきたが。
恐ろしい自分の言葉の刃が、自己被虐、自己嫌悪として向けられる。成るほど、
現生だけでは解決できないはずだ。 ヒトラー、スターリン、毛沢東を考え合わ
せると分かるだろう。殺した数だけ、転生が必要である。生臭い彼らの魂が、今
でも漂っているとすると…。心に疚しいことは最小のはずだったが 娑婆娑婆!
 
・・・・・・
2001/12/19
[70] 夢についてー2
 「何か欲しい!とか、どこかに行きたい」といかいう夢と、夜見る夢との
共通点が非常に多い。トイレを探している夢は目を覚ますと殆どトイレにいき
たい状況である。 次の夢は不思議な不思議な夢だ。‘母とか父が死んだ後も
自分のなかに生きている!’というが、私にとって、夢の中で、実際生きている。
痴呆症になり幼児に退行した幼児に変身した母が出てくる。それは正しく母が
私の中で事実生きているのだ。 ↓に以前書いた文章をコピーしてきます;。
――
2001/12/19
[69] 夢について−1
 夢分析も非常に奥行きの深いテーマだ。
年に一〜二回熊に追われている夢を見る。熊に追われて二階‐三階の部屋に
逃げるが、どこまでも追いかけてくる。そこで目がさめるという内容である。
熊は現実の問題の変形、逃げているのは恐怖心・不安である。誰も?経験する
夢のようだが。 一度凄い夢を見た。
 以下、10年以上前に社内報に書いた文章をコピー。
ーー
霊的体験‐                 
平成4年 7月
 二十年近く前になるが、父の死後の四九日まで何度か不思議な体験をした。
死後一週間後位か妙な夢。私自身が父の気持になり “死にたくない。もっと
生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢。
 夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が
自身で、実感できたのである。 父が‘なんだ自分はこうして生きているでは
ないか’という内的実感。夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった
という不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからない。
 その二〜三日後の夢も強烈な夢(?)。何やしら強烈な恐怖感が覆ってきた。
その時、父のベットで寝ていたが、思わず“おやじ助けて!”と言った瞬間、
廊下の向こうにある仏間より強烈な“引力”が足をひっぱられた瞬間、ベットに
しがみついた。 その時、隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。

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01月12日(木)
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