ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7360,閑話小題 〜かくして神様は男を御造りになった! −2
ーまずは、心に響いたものから、取り上げてみる。
≪ 司馬遼太郎さんが学校嫌いで図書館が好きだったことは有名だ。
それは中学一年の英語リーダーで先生にニューヨークの、地名の意昧を質問
したことからはじまる。なんと先生は「地名に意味があるか」と怒声を上げた
という。司馬さんは帰り道、市立図書館に寄ってニューヨークの意味を知る。
独学癖がつくようになるそもそもだが、一方で「いい先生につくに越したことは
ない」とエッセーで言い添えている。 いい先生というと、アメリカのある学校
で数学を教えていた先生の話を思い出す。その先生は数学を教えることが自分の
仕事だと思っていたが、ある日、「私の仕事は子供を教えることである」
と思い直す。つまり科目「数学」から科目「子ども」へのチェンジである。
「数学」を教えていれば子どもに完全な答えを求める。しかし「子ども」
を教えるのだとなると、それは最終の目標ではなくなる。やがで子どもたちも
変わってきて、成績がぐんぐん伸びたエディという子はこう答える。
「先生に習うようになっでから、自分が好きになったんです」
「こころのチキンスープ」で知った話だが、・・・ ≫
▼「数学を教えるのではなく、子供を教えるのが仕事」は、さすが。
この随想日記、「自分のために、同調したこと、心に響いたこと、記憶に
残したいことなどの雑記帳・記録帳」と割り切っている。忘却のためのメモ帳
ということ。そう割り切ってしまえば恥も外聞も何もない。「偉そうなことを
書いている割に全然、成長の跡などみえないじゃないか」と言われれば、
「全く、その通り!」である。未来の自分は、現在、そして過去の自分の
子供と想定。 その子供のために書き残すと思えば、逆に手が抜けなくなる。
「未来の自分は、現在と、過去の子供」という言葉、我ながら言い得て妙。
とすると、過去の自分は現在の親になる。あまり良い父親ではない?
まあ、いい、この子(私)を見れば、仕方がない!
・・・・・・
5503,エヴェレスト 神々の山嶺 ―映画感想
2016年04月09日(土)
「山岳遭難もの」は、苦手だが、『映画道』という言葉があるなら、
この『エヴェレスト 神々の山嶺』を避けてはなるまいと、シネマの日も
あって、昨日の昼ごろ、心を奮い立てみてきたが、これが思いのほか、面白い。
私の邦画の評価で95点は上の上。 人間の極限状況は、そのまま、人生道
にも通じるところがある。 〜まずは、内容紹介より
《 日本のエヴェレスト遠征チームに参加していたカメラマンの深町誠は、
滑落事故で仲間を失い、登頂は中止になってしまう。
行き場を失い、ネパールの首都・カトマンズを彷徨っている中、骨董屋で
ある古いカメラを発見する。それは、1924年6月8日、エヴェレスト登頂に挑み
ながらも行方不明となったイギリスの登山家ジョージ・マロニーのカメラと
思われるものだった。 マロリーがエヴェレスト初登頂に成功したかどうかと
いう登攀史上最大の謎に魅せられた深町は、証拠となるカメラを追い、
一人の男に辿り着く。消息不明だった伝説のクライマー、羽生(はぶ)丈二。
彼はなぜ日本から姿を消したのか?その男がなぜカトマンズにいるのか?
「天才クライマー」と呼ばれながら、無謀で他人を顧みない彼の孤立した
過去を調べるうちに、深町はその生き様にのみ込まれていく。そして、羽生に
人生を翻弄されながらも、彼を愛し続ける女性・涼子と出会う・・・。
二人の男と、一人の女。それぞれの想いが交錯する中、己の人生を賭け、
世界最高峰の“神々の領域”へと足を踏み入れる男たちの挑戦が始まるーー。
岡田准一、阿部寛、尾野真千子、》
〜登山家の[羽生丈二]の言葉が良い。
――
足が動かなければ手であるけ
てがうごかなければゆびでいけ
ゆびがうごかなければ
歯で雪をゆきをかみながらあるけ
はもだめなら
目であるけ
目でゆけ
目でゆくんだ
めでにらみつけながらゆけ
めでもだめだったら
それでもなんでもかんでも
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04月09日(金)
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