ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6342,閑話小題 〜疑似家族
今の私は午後の人生の学生期にある。
それで敢えて「学生時代の日記を書くことで、これからの
午後の人生の設計の基礎を考えようとしている」事になる。

若い時には仕事や家庭創りや物質など外に見出そうとした。
午後はその時に見出されなかった事や、人生全体の何かを
自分の中に見出していく時期だ。

そのことは「夜と霧」を書いた心理学者のフランクルもいっている。
「コペルニクス的視点の大逆転人生に何を求めるのでなく、
人生が何を求めているかの追求」である。

人生の意味の完成というと難しいのかもしれない。午後の人生を
余白でなく、新しいページの書き込みの過程として捉えると解る。

その意味で学生時代を省みるのは理のある行為である。可能な限り
行動し、知り、新しいものを開拓していく設計図の再構築が必要
ということ。

その下敷きとして学生時代の日記を見てみると違う視点が生まれる。
別に難しい事をいっていない。両親がそれをしっかりやって死んで
いったモデルがある。

・・・・・・
2002/10/27
ある時間の断片ー7 
        1968年   9月21日
9時起床。11時に図書館に行く。
13時にコモンルームでゼミのフルメンバー16名が集合する。
そして八王子のセミナーハウスへ。
近年できたセミナー専用のコテージ付のセミナーハウスだ。

思っていたより敷地が広く建物が近代的なのに驚く。
メインの建物が逆三角形で、異様な感じだ。
宿泊は二人で一部屋のツウィンだ。
それぞれのコテージが違うデザインで何か異界に入ったようだ。
空には飛行機が飛び交いまるで欧州にいるようだ。

夜から早速議論をはじめる。
課題は「遊び」。
「見返りのない、何の目的のない遊びこそが遊びだ」
「創造の為に、その背景としてそれは必要でないか」
私の言ったのは「4つの1つとしての位置付けの遊び
ー「愛、創造、知性、そして遊び」であった。
何かポイントが外れているようだった。

終了後、レストランで石川とゼミの一年後輩の大島君と飲んでいると、
武澤先生がこられる。
その後夜半の12時半に寝る。
―――
ー感想ー
日記を書き写していて、当時の日々がありありと思い出されてきた。
背景にベトナム戦争、大学紛争、そして高度成長期の真っ最中
でもあった。歌ももう二度とこういう時期は来ないというほど名曲が
生まれていた。

その背景を持って誰もが緊張と希望に揺れていた。
夏休みは卒論の流通革命論を書く為に一ヶ月、大阪のメリヤス問屋
に行ってきた。その後新潟県の六日町の「雲頓庵」という
禅寺に一ヶ月にも行っていた。そして自宅に帰った後の日記である。

学生時代の十数年間の総括の時期であり、
また新しい世界への旅たちの直前であった。
この卒業の直前一年は人生で一番良かったときかも知れない。
いろいろの人との邂逅と喧嘩と別れの時期でも合った。

寝ずに人生について話し合ったのが記録として日記に残っていた。
そういう意味で大学時代に恵まれていた、当時はその事に気が付いて
なかった。寮にゼミに教授クラブに友人に恵まれていた。
赤面する場面は当然カットして写している。

大学で学んだ事は、本を読む事、他人の話を聞きとること、議論を
する事、自分の壁を取り去る事、何事も勇敢にチャレンジする事、
戦略的思考をする事など数えればきりがない。
人生で一番良かった時期といえば、やはり大学生活であった。
馬小屋のような汚い寮であったが、いや長屋であった。
ー友人の間でもこの寮が凄いと話題になっていたー

父が5月に来て、翌月から仕送りを2倍にしてくれた、
あまりの凄さに同情したのだ。でも楽しい生活であった。
友人が吹き付けるようによって来た。
一人になれないのが悩みでもあった。あの孤独の都会生活で最後に
は友人が吹き付けるように集まったのは本当に良い青春の財産だ。

07月25日(水)
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