ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4864,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー32
* 哲学の起源はそれぞれの人間が、自分自身の弱さと無力さを認めることであった。その自分のカの及ばないことを
 無関係だと思い、無関心になるならば、人間は哲学を失い、非人間化する。
* 世界の存在は頼りないものであり、信じられないことに満ちている。それらに疑問を持ち、考えない限り人間は人間の価値を失う。
* 人間が人間同士助け合う動物だという考え方は欺瞞であり、常に人間は孤独であり、平和には常に限界がある。
 故にどんな場合でも人間は自分独りで自分にとって確実なことを見出さなければならない。それが哲学することである。
* 人間が自分の挫折をどのように経験するかということが、その人間を決定する要点
* その個人的な困難と困惑の中から、目標を探り出すことが哲学である。
* 哲学することの要点は、次のようものである。すなわち、驚異と認識、懐疑と確実性、自己喪失と自己発見。
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独りで血の滲むように考えてきたことが、上記のことから読み取れることが出来る。多彩な経験と挫折が豊富?にあるからだ。
人間は考えるからこそ、人間の人間たる所以である。より多く世界を見て、より多く考え、感動すること!それが哲学につながる。
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3017, 閑話小題
2009年07月09日(木)
 * 中国のウィグル地区の暴動について
    (字数の関係上カット、2008年07月09日)
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2652, 人間、互いに理解不可能なのは、如何して?
 2008年07月09日(水)
ある哲学書(*ー参照)の中に、何故人は互いに理解不可能なのかを分解していた。。
長男がUターンで帰ってきて、再就職のことなど、節目ということもあり、話を始めるが全く互いに通じない。
それでいて、居酒屋などに誘うと親子三人が仲の良い家族になる。 そのことを、知人に話したところ、
 ・一人は、「親子で対話など有り得ないこと、会話さえないのが実情だろう。親子であるのは、ただ説得だけ」。 
 ・そしていま一人は、「私の息子は三十半ばになるが、今まで会話さえ殆どしたことがない、
  最近になって上京した時に ご馳走をしてくれと、電話がきだした。会話さえ、していること自体で充分」。
 そういうものか?と、思いつつ、それでも何とか成らないものかと思っていた矢先、わかりやすい道理に出くわした。 
                  <*?(哲学ワンダーランド・貫成人著)第一章の?「話せばわかる」1?3)>
ーまずは、その部分を書き出してみる。
  ーひとは誰でも、自分の「地平」に束縛されているー
二十世紀ドイッの哲学者ハンス・ゲオルク・ガダマー(1900?2002年)は、‘理解しえないものをいかに理解可能にするか’ 
をきわめる「解釈学」を構想した。かれによれば、人々がお互い理解不可能なのは各自が持っている「地平」が異なるからである。
たとえば、物置から古い掛け軸がでてきたとしよう。その値打ちを判断するには相当の経験と知識を必要とする。
それに、そもそもそのようなものに価値があると考えていなければ、その価値を判定しようとも思わない。
実際、古いものには価値がないと思われていた明治初年には、貴重な文物が安値で買いたたかれて海外に流出した。
およそ何かを判断するときには、一定の知識や価値に頼らざるをえない。そのような判断や価値付けの拠り所となるものを
ガダマーは「地平」とよぶ。大海原や砂漠に立ったときに三六〇度ぐるりを水平線、地平線が取り囲む。「地平」とは、
地平線の内側、自分が立っている足下とは逆に、地平があればこそ、その中にある何かを認識することができる。
もちろん、今わたしが位置する地平の外側にある対象も、わたしが移動すれば見えるようになる。
しかし、そのとき地平もわたしと一緒に移動しており、したがってその対象が地平の内部にあることには代わりはない。
物置から出てきた掛け軸の場合、この地平にあたるのは、骨董品を貴重とする価値観、その値打ちを判定するための経験、知識だ。
一定の価値観や知識があればこそ、古びた品物をそのまま捨ててしまうのではなく、目をとめ、値打ちを判定することができる。

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07月09日(水)
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