ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4836,「事業人生を決心して45年」の語り直しー12
自分自身を表現すれば、もし子供らしさの最後のかけらが残っているところ、つまり何の邪心もない心の奥底から話をすれば、
そこからすべての本当の力が生まれてくる。それで十分だ」。 】
 ▼ 相手に気を奪われ、自分の内なる知恵に耳を傾けなかった大失敗を通して、主導権を取るとは如何いうことか学んだのである。
  相手に気を取られ、それが自滅を誘ったのである。それより準備をし、自分の内なる声に従って対峙して主導権を取る方が近道。
  その辺のことが分からないから自滅をすることになる。ようするに自分のペースで議論を運ぶこと。そのためにシナリオつくりの準備を
  充分にすることである。これは議論だけでない、人生も同じ。人生のシナリオと、その準備を数十年かけ作ること。シナリオが狂った?
 ・・・・・・・
3364, 人みな骨になるならば ー14
 2010年06月11日(金)
 * どうということはない地位と財産  P-126
≪ 財産や地位などというものは、「あるに越したことはない」のである。
ただし、「あるからといって、あるいは、ないからといってどうということはない」という点を忘れるのは問題である。
現実に財産や社会的地位のあるものの殆んどは、「あるからといってどうということはない」点に気づきにくい。
また恵まれない者ほど、「あるからといってどうということがない」と信じたがりすぎる。
もし「あるからといってどうということはない」のなら「ないからといってもどうということはない」のだ。古来の聖賢たちが、
財産や地位を警戒してきたのは、ひとつには、いったん得てしまうと今度はそれを失わないために汲々としてしまいがちなこと、
あるいはさらなる欲望にとらわれがちなるとによる。なぜ、これらが警戒しなければならないことかというと、それによって
人生が空費されてしまうからである。財や名声を追い続けていると百年に満たない生涯はたちまち尽きてしまう。
 ・・・ 財産や地位の空しさを論証するのはたやすい。「あの世まで持っていけるものではない」からである。
一生かかっても使い切れない資産というのは食べきれない料理と同じである。歴史に残るほどの偉業をなしても人類の歴史そのものが
永遠ではない。世界一の金持ちもいずれ死んで財産はそのうち四散する。世界の帝王になったとしても跡目は誰かに譲るか簒奪される。≫
▼ 以上だが、分かっていても囚われるのが人間。「死んで三日もすれば三百年前に死んだと同じこと」とハッキリと自覚すれば、
 何も目先のことに気持ちが大きく揺れることもないだろうに。生きていること自体が最も大事なことに気づく時は、死を自覚した時など
 切羽詰らないと、なかなか無い。ここで、著者が最後に指摘しているように、「好きなことをして自然に転がり込んでくるような
 名利でないかぎり、我が身や時間を切り売りしてまで欲しがるべきではない。百億の資産、大臣の椅子といったところで、
 所詮はサルが食べきれないほどのエサを掻き集め、あるいは、ひとつのサル山での順位を目一杯あげただけだ」ということ。 
 われわれにはもっと他に大事なことがあるはずだが。 無いよりも、有ったほうがと、言うのが本音になるが・・・
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2989,歩く木
2009年06月11日(木)
 歩く樹木があるという、その名は”ウォークパーム”。
アマゾンに生息しており、太陽の光を求めたり、成長するための空間を確保するために、根をタコ足のように伸ばして年に
10数センチも移動する。アマゾンの中でも樹木の争いがある。光の当たる方に根を伸ばし陰になったほうが腐ってくのだそうだ。
50年で5〜6メートルも移動するのだから大変なものだ。 
(字数制限のためカット 2012年6月11日)
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2008年06月11日(水)
『いのち楽しみ給え』吉川英明編  (講談社)
  ーまずは、 第二章 人間の本質 から抜粋してみる
 理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。
*西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない。

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06月11日(水)
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