ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4824,閑話小題 ー今日は、父親の41周期
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2977、父親の37回忌に
 2009年05月30日(土)
 今日は父親の37回忌。亡くなって、もう36年になる。命日に何度か父のことを書いたが(後でコピー)、
テーマにすることが供養になると思い書いてきた。父親のことを考えると、自分とは何だろうという哲学的な問いになる。
私の場合は特に父親の影響が大きかった。誰でもファザコン、マザコンだが、父が43歳の時に産まれたこともあった。 
そのために幼児から少年期の記憶に、父の所業が記憶で多く残っている。 母親は仕事の前線に立っていたので、父が何時も
私を連れて街の何処かにつれ歩いていた。その為に父が亡くなるまで、その影響は大きく、27歳で亡くなった時に初めて
精神的に独立をすることが出来た。(同時に結婚をしたこともあるが) 父が私の年齢(63歳)の時に、私が20歳だったが、
その時の父は元気溌剌だった。時代は昭和41年(1966年)、高度経済成長期真っ盛りの時期。 その時代と現在を比べると、
その段差には大きい。まだ日本中が坂の上の雲を見つめて急成長の頂上にいた。父は明治38年生まれで家を中心に常に考えていた。
父の頭の中は戦前、戦中、戦後の経験が重なっており、そのことを事あるごとに話をしていた。 
特に長岡の戦災体験は生生しく残っていたようだ。  また戦後の時代の流れの激しさに焦りを感じていた。
ソ連も、昭和40年代が絶頂期で、まさか20年あまりで消滅するなど、考えられなかった。
また、アメリカもその後20年もしないうちに、壊滅的経済破綻になるとは・・父を思い出すというより、父の視線で世の中の
変化を見ている自分がいる。命日に父のことを書いた文章を読んでいると、父の影響が大きく自分に影響していることがわかる。
その枠を破壊できなかったのか、それとも、それはそれで私らしさで、そのまま結構なのか?
いや、出来の悪い1・2代目でしかない。 しかし自分の心に誇れる父を持てたことは幸せである。 
 それに引き換え私ときたらまったく? 今さら、どうもこうもない。 以前、父の魂が自分の魂と合体したような
不思議な夢について書いたことを思い出した。 その辺のことを書いた文章をコピーしてみた。 さて墓参りである。
  これだけ毎年のように書いていれば、下手な法事より供養になるだろう。
▼ H0407霊的体験
 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。もっと生きたい、生きたい”という“念”になった夢。
そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が自身実感できたのだと思う。それが夢よりさめた自分の魂が
“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。経験した人間ではないとわからないはずだ。また死後二?三日後の夢も強烈な夢(?)
であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。
と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが
その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。
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 2613, 閑話小題
2008年05月30日(金)
 ー今日は父親の命日ー
父親が亡くなって35年、36回忌である。
毎朝、仏壇で、父・母、兄・姉、義父・義母、そして10人位の因縁のある故人の顔を思い出し手を合わせている。
一番初めは父であるが、父の愛情の上で、現在の自分があると歳を重ねるほど実感する。
家庭的には恵まれていた。特に両親との相性が良かったことが私の人生にとって一番の要だった。
次には家内との相性だが、それなりに? この文章を推敲し、ネットに上げ、墓参りに行く。
 ー交通事故死がピーク時の三分の一だとー

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05月30日(金)
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