ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4709, 閑話小題  ー三毒
《 20世紀の世界経済を牽引してきたアメリカの自動車産業が、メルトダウンともいうべき崩壊の危機に直面している。
2008年、金融危機の炎はまたたく間に自動車業界に延焼。 旺盛だった自動車の需要は一気にしぼんた。
GMを始めとするビッグスリーは経営危機に陥り、トヨタなどアメリカでの販売で利益を上げてきた日本のメーカーも
深刻な打撃を受けている。 なぜこんなことになったのか。関係者への取材で浮かび上がってきたのは。長年のビジネスモデルを
延命させるために作り出された「架空の消費」である。売り上げをのばすため自動車ローンの審査が極限まで甘くされ、ウォール街が
推し進めた証券化ビジネスと手を結んだ車販売のシステムが広がった。 それが今回の金融危機で一気に瓦解したのである。
時代は次のビジネスモデルへ向かって急展開を始めている。大物投資家なども参入し、業界再編後を見据えた電気自動車など
環境対応車の時代への模索が加速している。 自動車業界の歴史的な大転換を、現場の動きから明らかにしていく。》
 ▼ 以上だが、これを録画にとって朝晩と二度見たが、アメリカ金融崩壊のモデルを目の当たり見せられたようだ。
GMのローン会社GMAC・元ナンバー2の人の語る内容がすざましい。GMと、販売会社と、GM子会社のGMACの三社の
システムの構図は住宅のサブプライムの自動車版。販売会社はGMACから、ほぼ無審査で買い手にローンを組むように
依頼されており、ホームレスにもローン付きでクルマを販売していたという。そのローンはGMACで各種債権と混ぜて、
格付けがAAAになるように加工され世界中にばら撒いていた。    (字数の関係でカット 12年02月04日)
 ・・・・・・・・・・
2008年02月04日(月)
2497, 無くてはならぬもの −5          YΘ!!。_゜ヽ(*´∀`)ノ
  佐古純一郎著 「無くてはならぬもの」
* 何を信じて生きるのか   ー不信の中の絆ー
 この本の中で著者佐古純一郎はー「理解しあうことがあってはじめて信じることができるのではなく、
 信じることができてはじめて、理解しあうことできるのである」と述べている。
  P−164で、 人間が、犬と猫と根本的に違うのは、人間が人格的存在としてつくられたためである。
そのことに、どこまで人間はめざめているのだろうか。本能とか、社会における地位や身分とか、
その他いろいろな点で人は千差万別といえよう。しかしそんな差別は、実は何でもないことであり、
人は神様からつくられていることにおいて、まったく平等である。ー と述べている。
ところで、ここからは私の論になるが、信用を逆手にとって言葉を巧妙に操り、人間の良心を悪用する輩が巷に闊歩している。
それは巧妙であるが、所詮は中・長期的に馬脚を現しているのである。 自分が騙していること自体に気づかないから始末が悪い。
その手法を一番してはいけない相手に対し巧妙に仕掛けるのである。 それも、己の行為が騙しという意識がないから、
尚のこと始末が悪い。カントではないが、人間には良心が必要である。宗教と倫理こそ信じるべき道標である。
他人ごとでない自分自身のことでないか。「これこそ愛である」などと思いは、すべてが勝手な思い込みでしかないのである。
人を愛するなど簡単には出来はしないのである!だから親の愛こそ必要となる。 しかし愛は心だけではなく、力と知恵が必要となる。
以下は、当時の自分の気持ちの中で最も突き刺さった部分である。  
  P−183  じっさいは、私たちは善をしようと思う気持ちが切実であっても、そういう自分の意思をそむいて悪をしてしまう。
パウロはそのことを次のように告白している、「自分は善をしようとする意志はあるが、それを行う力がない。
・・・私はなんと惨めな存在なのだろう。だれか、この死の体から、わたしを救ってくれるだろう、」ほんとうに自分の善をなす力の
ないみじめさを、このパウロのように、苦悶にまで深く掘り下げないのでないと、宗教の世界にふれるということはできないかもしれない。

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02月04日(火)
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