ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4674, 閑話小題 ー何だろう、この現象は
 どうしてものや現象をそれ本来の名前で呼ぶことができないのか、それは究極的に、言語が不完全なものだからです。 ー 】
  ==
  沈黙するしかない弱者にとって、「語りえない」はありがたいことなのか、それとも、この言葉に反発を持つのか?
 どうであろう。言い尽くせなくとも、限界の範囲の言葉で残しておく必要性はある。 チュッチェフの詩「沈黙」は素晴らしい!
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3194, 句読点とは妖精のようなもの! ー1
 2010年01月02日(土)
毎日、文章を書き続けていると、文章作法で色いろの問題にぶつかる。といって、誰も教えてくれない。
小説(の書き方)などには、作法の習得は、多くの本を読んでの我流という。「文章の書き方」とか、「小説の書き方」とか
いう講座もあり、経験則を教えているようだが、突きつめると独学しかないようだ。 とにかく量をこなすしかない。 
まずはテーマと構想をたて、とにかく書いていく。そして起承転結の体裁を整えて、その後に、添削するしかない。 
そのプロセスで更に考えるのである。そこで一番の問題は、「 、」と「。」である。 後者は、とにかく三段論法で
「。」で締めればよい。しかし、「、」となると、難しい。 何かの本で、「ね」と入れて、ゴロが合えばよいとあった。
 「片耳の話」秋山駿著、の中に【句読点とは妖精のようなもの】という小項目があった。
ここで「泰西の画家が、裸婦のオヘソを、しかるべき位置に遅疑なく描くには、30年かかったというが、
句読点の置き方にも、それに比されるところがある。」と、あった。  句読点の打ち方に何か法則があるか調べたが、
それは、本人の息のつき方と同じで、決まりないという。 それが読むものにとって、奇異であれば問題である、等等で、
エイヤッと、これまで書いてきた。 量をこなしているうちに、自然と収まるようになってきた。 
裸婦のヘソの位置と同じで「量を書くしかない」ということ。 この文章でも、句読点の位置には違和感がないはず?。 
この随想日記を書き始める前の文章の句読点は、ところどころ変なところで、うってある。秋山駿は、そこで「句読点は、
文章の流れの裡に内在し、言葉の連続の間に出没する、何か妖精のようなものだ。自分勝手にならないし、私の要請を聞かない。
あちらが戯れに出現したり消えたりするーその音調に耳を澄ますしかない。」いうが、なるほど納得する。 
句読点とは、そういうものか。毎日、句読点と闘っているからこそ、その辺は納得できるのである。    −つづく
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2829, 新年に、つれづれなるまま!
2009年01月02日(金)
 *年金でも貰うか
1月15日の誕生日で厚生年金が満額貰える年齢(63歳)になる。65歳かどうか迷ったが、貰うことにした。
といって、月あたり20万円の厚生年金と、家内の給料と、年金が満額まで貰えるまで減額した?万円の私の給料の総額では、
一割ほど手取りが少なくなるが、よしとした。これで会社の役員賞与を350万もカットできる。今年は更なる経費のカットが必要。 
中小企業は辛いが、スリルとサスペンスが面白い! 早く貰わないと、今後日本の年金そのものがどうなるか分からない。
「60歳までに、したいことを全てやってきた」という満足感があるので、金銭欲も、それほど無くなった。
次が家内が厚生年金を満額貰える年齢がポイントとなるが。そういう年齢になったということだ。
 *年始のTV番組
年始の一週間分のTV番組を見ると、どの局も地味なものばかりである。大不況のためスポンサーが節約したのだろう。 
あまり声高に言わないが、2009年は大恐慌突入の年になり、大荒れになるのは周知の事実。といって、どうすることも出来ない。 
大荒れの中で身を委ねるしかない。
 *新幹線がガラガラ
年末の29日・30日の新潟行きの9時前後の新幹線は、例年は座れないほどである。それを覚悟をしたが指定席も、
自由席も三分の一も乗っていない。今までなかったことである。恐らく、高速バスとか、夜行列車とかに分散したのだろう。
 *イスラエルが変

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01月02日(木)
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