ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4434, サードマン現象とは
・現時点で、年間のイスラエルの訪問客は8000人。
・危機感を持つ場面は、ゼロ。しかし、ウズベスタン航空のサービスは最低。
帰りのテルアビブからウズベスタンへの飛行中に、かなり厳しい乱気流にあって死ぬ思いの経験。
・一人参加のアップの加算を含めて、38万円。総額43万円。
・満足度は100点。
・テルアビブの飛行場と、エルサレムの街の緊迫感は、私から聞いていたほどではなかった。
ーー
以上だが、9年前の私の実感とほぼ同じである。9年前の場合は、これにアブラハムが十戒をつくったエジプトのシナイ山があった。
これは強烈な印象が残っている。 イスラエルはインパクトがあまりに強い。わずか四国の大きさの国土で、700万人の国が、
存在としては大きく位置を占めている。日本の大よそ二十分の一の国がである。 契約の概念はユダヤから出ている。
神様との契約が、いつの間にか人間同士の契約にすり替わったのである。ユダヤ人とイスラエル人は同一ではない。
一般的には、イスラエル人=イスラエル国籍を持っている人。ユダヤ人=ユダヤ民族。と思われているが、ユダヤ人は
ユダヤ教を信じていて、両親のうち両方が何じゃらとか難しい決まりがある。「ユダヤ人は選民である」という教えが、
他の民族から忌み嫌われるのである。多くの決まりがあり、ユダヤ教徒は、それを厳格に守るのである。
旧約、新約聖書のような物語と、その舞台が、そのまま一致しているのはイスラエルしかないというが、異教徒?の目から見ると、
尚のこと、その特異性が、何とも新鮮で驚きをもってみることが出来るところである。 ー以下は私の旅行記である。
ーー
ーH1105イスラエル聖なる旅
この旅行は、四千年の旧約・新約聖書に出てくる歴史と出会う旅であった。四国の面積とほぼ同じ中に、数えきれないほどの
ドラマがあった。現地の日本人ガイドのシャワ?のような説明が新鮮かつ面白く驚きと感激の連続であった。
その為か帰ってきて、新約・旧約聖書をじっくり読む事ができた事が最大の成果となった。
関連を含めると十冊を前後二ヶ月たらずで読んでしまった。考えてみたら私の人生の転機の度に必ず聖書か聖書関連の本があった。
人生のもっと早い段階で、じっくり読むべきであった!。旧約は先入観で固く難しそうであったが、
読んでみれば何もむずかしくない、ただただ面白い!内容であった。旧約はユダヤとユダヤ民族の歴史の書であった。
また新約は出会い=イエスの心との出会いの書と言ってよかった。
ー印象の強い順に列記してみると、
まずは何といってもエレサレムである。イスラエルがそのまま凝縮されているといってよい。四千年の昔から神の名と民族の誇りをかけ、
数え切れない戦いの舞台となった。そして現在も続いている。この街を歩く事は世界の歴史の生き証人と出会い同行することかもしれない。
イエスが十字架を背負って歩いた悲しみの道=ヴィア・ドロローサ。磔刑に処せられたゴルゴダの丘。最後の晩餐の部屋。
イスラム教の重要な寺院=岩のド?ムとアクサ寺院。ユダヤ教徒にとって最も貴い嘆きの壁と広場、そしてダビデの塔。
旧市街を囲んでいる城壁は四千年の歴史の深さをそのまま物語っている。次はモ?ゼの十戒で有名なシナイ半島のシナイ山である。
深夜の二時に三時間かけて登って山頂からのご来光とシナイ山の山並み。そして、その麓にあるカタリナ修道院と、神の声をきいたという
“燃える柴”。そして帰路にたちよったベトウィンの部落。そして、そこで飲んだ紅茶。“マサダの要塞”この旅行まで全く知らなかったが、
キリストが死んだ四十年余り後に、ローマ軍に追いつめられた熱心党員のユダヤ人九六七名がたてこもった自然要塞。 陥落の前日、
そこの指揮者ベン・ヤイルの演説の後、七名を除く九六〇人の集団自決のあった場所であった。
その時の詳しい内容が生き残った者の証言で残った(ヨセフスの“ユダヤ戦記”に生々しく残っている)。
=「奴隷にされる前に...自由の状態におもむこうではないか。」
=自殺を厳禁しているユダヤ教徒の集団自決であるからその意味が違ってくる。イエスの生まれたベツレヘムの岩の
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05月07日(火)
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