ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4405, 隠居大学ーよく遊びよく遊べ −5
 解)自分の中に、その共通点を見出していくのが教養?
▼ ただ、絶対に忘れてならない。すべてのはじまりが一匹のネズミだったということを。
 解)ミッキーマウスが、チャップリンの漫画化ということも?
▼ 我々は何か人をひきつけるものが欲しくて、チャップリンのような切なげな様子を持つ小さなネズミを思いついた。
 とにかく精1杯生きているちっちゃなやつ、というような、どこにいても人々がミッキーを見て笑い、共に笑い続けてくれる
 ことだけを求めた。 特に社会的象徴のような重荷を課したりしなかったし、社会の欲求不満を代弁したり、
 痛烈な皮肉をしゃべらせたりしなかった。 ミッキーは人を笑わせる使命を与えられた小さな人格なのだ。
▼ どこにいても人々がミッキーを見て笑い、共に笑い続けてくれることだけを求めた。
 特に社会的象徴のような重荷を課したりしなかったし、社会の欲求不満を代弁したり、
 痛烈な皮肉をしゃべらせたりしなかった。ミッキーは人を笑わせる使命を与えられた小さな人格なのだ。
解)笑わす使命を与えられた人格=チャップリン か? 気の毒じゃないか、そういうのは? 
  いや、人に微笑を浮かばせることこそ、人間としての使命ではないだろうか。
・・・・・・・・
2007年04月08日(日)
2196, ファンタジー文学の世界へ ー2       オッ(*^○^*)ハ?ヨウ! 
「 ファンタジー文学の世界へ」 ー読書日記
 ーP57〜58
「シーズ・リーヴィング・ホーム」はビートルズの画期的アルバム『サージャント・ペーパーズ・ロンリーハーツクラブ・バンド』
の挿入歌である。イギリスの教育界では粋なことに、この詩について二年にわたる論争があったという。一方は「この詩は家出を
推奨しているので青少年に与えるべきではない」もう一方は「この詩こそ、現代家庭内の人間関係の疎外感を象徴している」
という肯定的なものである。教育界でこのような論争が起こるということは大変好ましいことである。ここには誰も悪人はいない。
ただ、人間の持つ自立願望(依存対象からの脱皮)に伴う絆(家族以外への愛情転換)にかけようとする一種の成長願望があり、
そこに向かおうとするパッションが、世代間における微妙な心の差異、そこから生じる疎外感の蓄積となっていく。
以下は、その挿入歌の詩を訳したものである。
 ーー
「彼女は家を出て行く」(シーズ・リーヴィング・ホーム)ービートルズ
水曜日の午前5時  夜が白み始める頃 そっと寝室のドアを閉める書き切れない思いの残る手紙を残して 
階段を下りてキッチンへ向う手にはハンカチを握りしめながら 裏口のドアの鍵を静かに回してみる
外へ出る とうとう自由だ
 彼女は (あの子のために何でもやってきたのに)
 出て行く(夫婦の生活などは犠牲にしてきたのに)
 家を  (欲しがるものは何でも買ってあげたのに)
 彼女は家を出て行く  一人ぼっちで寂しかった
 何年も何年も   (さようなら)
父はいびきをかいている 母はガウンに袖を通す
そこにあった置手紙を見つけて拾い上げる 階段の上で呆然と立ちつくし
泣き崩れて夫のもとへ駆け込む お父さん、あの子が家を出て行ってしまったのよ
なぜ私たちがこんな目に会わなくてはならないの あの子は一体どうしたっていうの
 彼女は       (私たち夫婦のことなんかどうでも良かったのに)
 出て行く      (自分たちのことなんか二の次でやってきたのに)
 家を        (頑張って頑張りぬいて何とかここまできたのに)
 彼女は家を出て行く  一人ぼっちで寂しかった
 何年も何年も    (さようなら)
金曜日の午前9時 遠く離れた場所にいた
きちんと約束の時間に待ち合わせ
自動車の仕事をしている彼氏がやってく
 彼女は       (私たちは間違っていたのだろうか)
 楽しい時を     (間違いだとは思いもよらなかった)
 過ごしている    (楽しみをお金で買うことは出来ない)
 彼女の心の中の何かが否定され続けてきた
 何年も何年も    (さようなら)

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04月08日(月)
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