ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4161, 節目時に何をしていたか ー1
ガンジス川とベナレス、そして古代から現代までが入り混じった社会。日本の日常とは全てちがっていた。その中でもべナレスの街と
ガンジス川の沐浴と、舟からみた二ヶ所の火葬場。そしてガンジス川からみた日の出。ガンジスの火葬場周辺にいる修行僧の顔と眼。
そして我が物顔で歩いている牛。そしてライ病の集団の物乞い。幼女の乞食。この本ではベナレスの「死を待つ館」の家族がありのままを
映しだしている。生も死、貧しさも豊かさ、差別も、その全てがリアルにそのまま露出されている。それが日本とは対照的なのである。
人生の折り返し地点を越えベナレスに引っ越してきた老夫婦や、老齢になったことで自らべナレスの僧院などにやってきた人びとなど、
死期を間近に感じる前に移り住む人もいる。この街は「死を受け入れる街」として永年をかけて奥行きを広げ、深さを増している。
インド各地から運ばれてくる死体は多い時で100体。また家族や、死者の灰をガンジスに流すために訪れる人も毎日数千人もいる。
なかには郵便で灰が送られてくるケースさえあるという。ここは死者の為の街であり、その準備の為の街。ここの「死を待つ館」の人に、
「死ぬのは恐くないですか」と聞いても、「どうして怖いことがあるのか。ここは寺院もあり、ガンジス川もある。この街が私を呼んだのだ」
と答えて、平然としている。彼らにとって、ここでの死は誇らしいものであり、ここに連れてこられること、その家族にとっては、
連れてくることが喜びなのである。 死が喜びとは!素晴らしいではないか! ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
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2006年08月17日(木)
1962, 「事業百訓」を読み直してみて
おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・ ねむ!
二十五年前から書いてきた社内報の事業百訓を、明日から十数回のシリーズで振り返ってみる。
このHPのコーナーにあるものだが、書いた私自身、この数年殆んど読み返してない。
丁度良い機会なので、纏めつつ回顧しながら読んでみる。必死に書いたのだろうが、まあ真面目なものだ。
「そのわりには現在の貴様は何じゃい!」と赤面してしまう。読みかえしていると、大きな変化がわかる。
(字数制限のためカット 2010年8月17日)
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2005年08月17日(水)
1597, ひらがな思考術 −2
ーまずは第一章のほどくの内容の概略をまとめてみた。この本は、読めば読むほど深い。
難しいことばを、簡単な優しいことばに置き換える以前に、ひらがなことばで考える習慣をつけてしまえということか。
(以下、字数の関係でカット、2009年8月17日)
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2004年08月17日(火)
1232, 「こころ」の出家 -読書日記
この年齢になると周囲が、定年、病、倒産、子供の自立、連れ添いの死、老父母の死、等、
何らかの大きな転換期に直面してくる。情報化社会に翻弄されて深刻な危機に何らか陥っているケースが多い。
(以下、字数の関係でカット、2008年8月17日)
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2003年08月17日(日)
865, 同級会−2
昨夜は中学の同級会いや同期会があった。 小学校は一学年の同期が100人足らずのため、5年に一度の同期会になっている。
中学校の同期会は今回が初めてであった。クラスで親しい男が卒業して以来初めて出席していた。名刺を見たら「日本レコード協会」
の専務理事の肩書。ということは、日本の歌の世界の隠れたドンだ。ビクターの取締役になり、その後関連会社の設立に参加。
その後今の仕事をしているという。かなり重い仕事と言っていた。早稲田を卒業後、ビクターに入社。初めの仕事が、桜田順子など
3人娘の教育係だったという。森進一など有名人は殆ど旧知の仲とか。「自分ほど面白い経験をした人間は少ないのではないか」とシミジミ。
中学だけをみてみると、その時の成績順で人生が決まってしまっている。ちなみに一番だった男が慶応大学の教授(数年前死亡)、
二番がこの人、三番が自衛隊のえらいさんになっている。後は保険会社の支店長、学校の先生など。成績の悪い人はあまり恵まれた
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08月17日(金)
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