ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394314hit]
■4035, パチンコに日本人は20年で540兆円使った
2200, 反時代的毒虫 ー1 才八∋ウ_〆(∀`●) ー読書日記
何げなく図書館で、この本を手にして、ーまえがきにかえてーの部分の中の一節に目が吸い寄せられた。
*カフカに「皇帝の使者」という短編小説がある。ある男のところに皇帝の使者が出発したというお告げがある。
(字数制限のためカット 2010年4月12日)
ーーーーーーー
2006年04月12日(水)
1835, 善意について \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/
善意については、色いろ考えさせれることが多い。最近になって、そのプラス面でなくマイナス面の指摘を目にする。
善意の善は、善悪の善である。 善悪なぞ、価値観の一側面でしかない。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、
一つとっても互いの善悪は全く違う。善をプラス、悪をマイナスみても、善も悪も何時までも持続はしない。
環境が変化するからだ。環境が変化をすると、善はマイナスー悪になる。現在の自民党の族議員、ゼネコン、
官僚の構造的汚職など典型的なものである。善意は、善意でよいが!善意だから何も許されるという甘えがマイナスになる。
日本の裁判の特徴に、善意による脇の甘さが起因しているトラブルがあまりにも多いという。
「友人の困窮に家を貸したが、相手が権利を主張をしてトラブルになった」とか、「連帯保証に、善意で判を押してしまった」
という話だ。その善意が狙われるのだ。善意を売りにしている人間で真っ当な人は多いが、何らかのペルソナの一部ぐらいに
割り切っていたほうがよい。ただ、善意ではなく、できることならギブ&ギブを心がけていた方がよい。
善意と優しさは、似て異なるものである。善意という動機にクールの視線を持てということだ。
(ウオーム?ハートにはクールヘッドがコインの裏表のように必要である。)
ー以前書いた、善意の小悪党に関する文章である。これは、善意ー善人面を売りにして事例だから、少しづれるが・・。
ーー
2004/02/06
1038, 「わたしは悪い不動産屋」ー2
以下の内容は、この本の書評というより、仕事で不動産にかかわってきた私の目から見た不動産業に対する批判と知識。
(字数制限のためカット 2012年4月12日)
・・・・・・・・・
2005年04月12日(火)
1470, 書く(一人、語る)ということ ~2
このHPを開設をして一番の効果について何回か書いてきた。今までは、知識を得ても自分の内面に落とし込んで、
それでお終い。殆んどが記憶の底から出ることなく埋没するだけであった。知識・教養とはそれでもよいが、
やはり外部化をしておいたほうが良いに決まっている。いつでもコピーをしたりできるし、分類や再考が可能になる。
反面、このHPに落とし込んだ場合に第三者にも曝すことになり、自分のノートや備忘録に落とし込むのとは
おのずから違ってくる。まず第三者にも理解するように書かなくてはならない。自分の気持を書き込む時には、自分の中の
第三者の目ー理性ーで、一度濾過をしなくてはならない。それが自分をコントロールをしてくれる。1年、3年、10年経った
時の自分や、子孫の目も意識しなくてはならない。しかし、その加工は時間が経った時の自分にとってプラスに働くうえに、
第三者の人とも共用が可能になる。この共有感が、気持ちを安らげてくれることになる。いま一つ良かったことは
何か感じたリ驚いたりした時に、それを無意識に起承転結として文章化をするようになった。いつの間にか、書くように
頭の中でまとめている習慣がついてしまったことだ。また他人と話している時なども、書くように話しているのだ。
これも結果として大きな収穫であった。更に、他人の話を聞くときも、文章を読むように聞いてしまっている。
相手の起承転結を整理しながら聞いてしまっている。インプットも、アウトプットも、無意識に整理しながら
聞いたり話したりする習慣(脈絡を掴むよう)になっていた。 つづく
・・・・・・・・
2004年04月12日(月)
1105, 「ありがとう」戦略ー2
[5]続きを読む
04月12日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る