ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3899, 国債クラッシュ
このHPの維持も、「退屈と不安の解消が目的か?」と、問われれば、「目的ではないが、手段である」が答えになる。
退屈に対して、これだけ赤裸々に抉っているのも珍しい。「小人閑居して不善をなす」というが、閑居に対する姿勢が
小人かどうかを決めるのだろう。閑居は何か悪いように錯覚するが、逆に最も大事なことである。
アラブの遊牧民は、閑居を第三の時間ー瞑想、仕事と遊びと、そして休みの時間)として、一番大事にしている。   
第104節の「人生の退屈そして不安 」でさらに、生きるとは何かをさらに掘り下げている。
 何ヶ所か抜粋してみる。                 φ(・_・)
 ードストエフスキーはシベリアの徒刑地で、
   懲役の労働が囚人達に苛酷なのは、仕事の内容のつらさではないという。
    つらさという点では農民の方がよほど苛酷なはずだ。しかし、農民には自分のために働いているという目的がある。
      だが懲役の労働には目的も意味もない。 それが刑罰の刑罰たるゆえんである。
 ー彼は囚人達が「意味の無い労働」でない、例えば家を建てる仕事を与えられると、
    にわかに夢中になり、生き生きしてくるさまを伝えている。
     強制労働で立派な家を建てても、賞金がもらえるわけではないし、刑期が短くなるわけでもない。
       それでも囚人達は少しでも具合よく、良い家を仕上げようと一生懸命になるという彼の深い観察のうちに、
        人間の生きる目的ということの秘密が宿っているのではないだろうか。」 
    この節で、人間の日々の行動に何らかの目的があることの重要性が説かれている。
 ードストエフスキーは次のようにいう。
 「もしも囚人に、一つの手桶の水を他の手桶にあけ、それをまた逆に始めの手桶にあけたり、砂を搗いたり、あるいはまた、
   土の山を一つの場所から他の場所へ移し、それをまた元へ戻すというようなことをさせたら・・・・
     囚人はきっと四、五日も経ったら首を吊るか、でなければむしろ死んでそんな侮辱や苦痛から逃れようと思って
       どんな罪でも犯すだろうと思う」     ヽ(゜Д゜;)ノ!!
  (以上、字数制限のためカット 2010年11月28日)
・・・・・・・
2004年11月28日(日)
1335, 「おカネの発想法」 ー読書日記−2
 ー前回に続いて、印象的なところを抜粋してみるー
 ーおカネが本物かニセモノかという点は、実は本質論ではないのです。
そのおカネが受け取ってもらえるのか、それとももらえないのか、というところに、おカネであるか否かを
峻別する本質があるというその性質がおカネにとって最も重要な「一般受容性」なのです。
おカネが増えるとしたら、それはそのおカネを使ってビジネスをする人がいるから増えるのです
 ー株式会社の株式を所有していると、万が一倒産したときに投資がパーになってしまうということを「リスク」と
呼んでいるのであれば、株式会社に勤めることはもっと大きな「リスク」である。
 おカネの発想法に基づく株式投資
・どの株式会社がうまくいくかわからないから、いろいろな株式会社に分散投資することによって、
 全部が全部ダメになるということのないようにしよう
・二〇銘柄に分散→「転職してみたい会社の株式」がお勧め株式投資における究極の目的は、 おカネを儲けることではないのです。
株式投資の究極の目的は、人を動かすパワーを手に入れるということ。ーおカネというツールに頼らないコミュニケーション能力を
持っている人はおカネが要らないということなのです。おカネがなくとも、他人を動かせる人には、おカネは不要なのです。
おカネに頼らなくとも、自分の好きなモノが手に入る人には、おカネは要ない。めざすべき究極の姿は、「自分自身がおカネになる」
ということ。コミュニティとか、仲間とか、人望とか、信頼性とか、信用というモノはカネと同じなのです。
そういうおカネをどういうふうに獲得していくのかが極めて重要なのです。おカネは、インフレで価値が減ってしまいますが、

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11月28日(月)
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