ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3814, リタイヤの生活は退屈か?
それが出来たならお前の言葉を信じよう」と言った。 刎ねられた首はコロコロと転がり、男の言ったように草履をパクッとくわえた。
その形相の凄まじいこと、この世のものとも思えなかったという。周囲の人々はこの様を見て怖れおののき、これは祟りがあるに
違いないと感じた。事実その後、そんな噂が広まった。ところがこの役人はこれをせせら笑って「そんなことがあるわけがない」
と気にしなかった。 あまりの自信に何故怖くないのかと尋ねると、「あの男は最後の怨念を草履をくわえるということに使い切った。
だからもう私を恨むことは出来ないのだよ」日本では「首切り浅右衛門」が有名である。事実は、小説より奇なり!である。
 ▼ 298の項目からなる書の中から、印象的な項目を抜粋してみる。 
 38、1579年8月6日
  ハンス・ビューヒュナー、ーファレンバッハ出身。  ゲオルク・ガーブラー、ー シェーンフェルト出身。
  ミュッヘル・ディーテリヒ、 ーベルニッツウィン出身、別名・辺境伯。三名とも泥棒。 打ち首の上、車裂きにした。 
  哀れなのは辺境伯の妻。 哀れな引き回しの罪人を見ようとして、その中に自分の夫を見てとった。
  彼女は夫の首っ玉に抱きついて、口付けをした。自分の夫が捕らわれ、そのような一味であったのを知らなかったのだ。
  ーこれを読んでいると、数百年前の欧州の片田舎で起こった悲劇が目に浮かんでくる。大悪人の処刑を見ようとしたら、
  まさか自分の夫とは!立場が一瞬にして大逆転をしてしまった悲劇は、ドラマのようである。
 82、1584年7月7日  バイエルシュタインの妻アンナ、ニュルンベルク市出身、
  別名モーザー・アンネラ。彼女は夫ある身なのに、いかけ屋という名の父親や息子といかがわしい行為に耽った。
  そのほか同じように妻ある男や若い職人たち21人といかがわしい関係を持ち、彼女の夫がそれを助けた。
   その件で立ったまま打ち首の刑に処した。  その夫はムチ打ちの刑を受けた。
   彼は聖ペトロ教会の彼女の墓近くの石塀に、白墨で次の文句を書きつけた。
   相手の親父も息子も、女房と同じ目にあわせてくれ。とりもちの男にもそうしてやれ。
   あの世に皇帝と王様を呼び出して、いかなる処刑も行われないよう訴えてやる。
   私、哀れな夫は罪もないのにここに居合わせた。  さらば、お休み。
   ーこの夫の嘆き、無念の文ーこころを処刑人が書き取っていたのも、何かドラマ仕立てである。 
   女房は打ち首、自分はムチ打ちの刑。それに引き換え、相手の男達は何も罰せられない矛盾を嘆いている。
 87、11月17日
  フライの妻アンナ、ニュルンベルぐの織物縫い工の妻。彼女は以前、夫があったが、アムプロジウスと称する
  刀鍛冶職人との間に子供を生んだ。この子は二歳の男児であったが、彼女は修道院近くの泉に、
  この子を投げ込み、溺死させた。その後、彼女は穴牢獄に入れられたが、当地にて打ち首の刑に処された。
    ー次も、幾つかの日記を書き写してみる。         ー つづく (。・ω・)ノ☆゜+.バイ!
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2005年09月04日(日)
1615, アメリカインディアンの教え −3
「死ぬことが人生の終わりでないインディアンの生きかた方」 ー著者・加藤諦三
加藤諦三とは懐かしい名前である。 20歳代の頃、よく彼の本を読んだ。
心が休まる内容だったことを憶えている。現在は「心の癒し」系の本は多いが、当時は殆ど見当たらなかった。
癒し系の日本の先がけだった。 心理学系の先生で、理づめであったためか、解りやすく納得のいく内容であった。
彼の本を手に取るのは三十数年ぶりだが、履歴をみるとその後も多くの著書を出しつづけていた。
彼はこれまでも、「インディアンの教え」のシリーズも何冊か書いている。
(このHPでも、過去に二回インディアンの教えについて書いている。)
 この本の構成は、アメリカインディアンにとっての
・生きるということ、 ・死ぬということ、 ・自然という存在  の3章になっていて、

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09月04日(日)
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