ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3815, 哲学人 ー⑨
ー「哲学人」ブライアン・マギー著より
* ー経験の裏側には、常識ではまったく感知できない真理と現実が数多くあるー
人生の比較的前半で、経験、そして現象の裏側に一般では感知できない真理と現実があることを、垣間見てきたつもり。
私たちは表側の一部だけの事象を見て判断している。知りえる範囲でしか見えない。旧約聖書の世界の創世の物語は7千~8千年前。
当時は、そこまでしか想像が出来なかったのである。それも我々が住む地球が球形で、宇宙に無限に近い星があることも分るはずがない。
現在の我々は、現象の中にある真実を知ろうともしないで日常を流れている。 その範囲のイメージ内でしか生きるしかないのである。
以下の部分が、その辺のことを明快に表現している。
【 現代科学によって明らかにされつつあるように、日常の世界における、そのときどきの経験の裏側には、常識ではまったく感知できない
真理と現実が数多くある。 それはしばしば人を愕然とさせるうえに、直観に反したものであることが少なくなく、真実であると
わかったところで、とうてい納得できない場合もある。 例を挙げると、
・私たちの周囲にあるどの物体も、分子と原子から成立しており、その原子を構成する素粒子の一部は不規則に運動している。これらは
すべてエネルギーに変換可能なのだが(あらゆる物体は力に満ちた空間である)、こうしたことは常識的なものの見方とは全く相容れない。
・私たちのまわりの空気は、テレビやラジオの微量の電波など、情報を運ぷ見えない波動に溢れており、
そのほかにも数々の分析可能の属性を有している、という事実にしても同様である。
・私たちは巨大な球体の表面で暮らしており、その球が表面上では時速千六百キロで自転していると同時に、空間を驀進しているといった、
ごく基本的な事柄でさえ、(私としてはどうしても言っておきたいのだが、猛烈に)直観に反しており、真理であるとわかっていても
見たり触れたりすることはできない。この事実はあまりに常識はずれであるため、これを最初に発表した人々は、いまからほんの
数百年前のことだというのに、ふざけた空想家か危険な嘘つきとして糾弾され、そんな途方もない嘘を人々が信じたとしたら、
あらゆる真の宗教と(それゆえ)真の道徳にとって害になると非難されたほどである。
このように、常識は私たちの置かれている状況を適切に解き明かすどころか忠実に説明してくれそうもないということを、
私たちは事実として知っている。さらに、特殊および一般相対性理論によって明らかになったもろもろのことや、量子物理学によって
明らかになったもろもろのことが示しているように、私たちがじかに触れている物理的環境は、近年まで人間には想像もつかなかったほど
奇怪であり、あまりに常識とかけ離れているため、どれだけ聡明な研究者だろうと、こうした問題を理解するのは至難のわざ。
このような状況のなかで常識的な世界観の擁護を試みても、やる前から結果はわかっている。この試みはきわめて想像力を欠いた
アナクロニズムと蒙昧主義にほかならない。それは最も粗悪な時代錯誤なのである。 なるべく失礼にならないよう控えめに述べるなら、
常識的な世界観は思慮の浅い人々の形而上学にはなりうるだろう。ラッセルは、それを「野蛮人の形而上学」と呼んだ。ラッセルの言葉で
私が何よりも頻繁に引用してきたものは、つぎに挙げる『哲学の諸問題』(『哲学入門』社会思想社)の一節の最後の文である。
「……そうなると常識はも、もう役に立たなくなり、私たちは物理的対象の本性について、五里霧中におちいりざるをえない。
そこで物理的対象を正当な理由で心的なものとみなせるとしたら、ただ奇妙に思われるというだけでそういう説を否定することは
正しいはずがない。物理的対象に関する真理は、奇妙であらざるをえない」 】
▼ 歳を重ねると、軽くなっていくか、重くなっていくかである。私の知る限り、教養を積んできた人ほど軽くなっていく。
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09月05日(月)
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