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堀井On-Line
by horii86
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■3717、閑話小題
そして、今でも父の影響から抜け出てないといってよい。明日は、身内だけの33回忌の法要である。
父の口癖は、『死んでしまえば、それまでよ!』であった。そして、この歳になっての実感として『その通りである!』
だから、「早いうちに生きることとは何かを知り、生きることを第一の仕事としなくてはならない」ことを学んだ。
末期癌で亡くなる一年間、赤裸々な父の死の葛藤を身近で見ながら、人生とは何かを教えてもらった。
そして、その後の生きる大きな教えと指標になった。・何をするにしても捨て身で取り組まなくてはならないこと。
・地元のー痴呆名士ー とは一線を引くこと。 近所の人とは親しくするな!。
・お金に対する対処を間違うな。金はライフワークの一つとして取り組むこと。人間はお金の前では赤裸々で悲しいほど弱いこと。
・「女はを持つということは、荷車に大きな重い荷物を持って坂道を登るようなもの、遊ぶなら覚悟を持って遊べ!」
この年齢になって改めて父を振り返ってみると益々学ぶことが多くなっている。 学歴は無かったが、接してきた人に
超一流の人が多かった。古物商をしていたためであろう。 深い違った教養を持っていた。時代を読み取る能力と、
人物を選別する能力、そして人間の狡さを知っていた。 さて、これから近くのスーパーで花を買って墓参りだ!
・・・・・・・
2004年05月30日(日)
 1153, 今日は父の32回忌
今日は、父親の31年目の命日である。この世で一人の人を選びなさい、といったら間違いなく父である。
それだけ私にとって父の影響が大きい「ありがとう」と一番いわなくてはならない人である。
年齢とともに、父親と心の中で話すことが多くなってきている。 一方的に話しかけているのだが、ときどき父も
話しかけてくることもある。もっと以前から事業のことなど話しかければよかったと、今になって思い始めている。
 《供養の為に、14年前に書いた文章をコピーしておきます。》
ーそういえば、この文章を書いた頃のことを思い出した。ある休日の夕方、TVでお寺の仏像を映し出していた。
そのとき、TVの中の仏像に少し開いていた障子から夕陽があたり、何ともいえない不思議な感じになった。
何だ何だ、今日は何かあるんじゃないか?!と、考えてみたら、父の命日だった。うっかりしていて、
父の命日を忘れていたのだ。本当に不思議なことがあるものだ!と思った。 さあ父親の墓参りだ!
 ーー
 H0505 小説のような本当の話!
 十数年前、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。ところがすでに墓がきれいに磨かれており、
花が飾られていた。 生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、お参りをしていると、
見知らぬ老人が話しかけてきました。 たまたまその寺の近所に住んでいるというその本人がしみじみ語るには
“自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、店にいた父に正直に事情を話したところ、
父は全く見知らずの自分に、分割払いをしてくれた。 それが本当にうれしくてうれしくて! それで父が亡くなった時以来、
必ず命日にこうして掃除をして、花を供えている”との事。聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。
その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。そういう“生き方”を自分はしてきただろうかとつくづく
考えさせられる出来事でした。父の名前は誠作という事もあり、それが本人のコンセプトになっていたのだろうか?当時、
丁度今の会社の理念を考えていた矢先、それが大きなきっかけとなり“誠心誠意”に決まった次第です。

05月30日(月)
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