ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[394789hit]

■3699, 自己を見つめる −20
第一章 世界を震撼させた「破壊戦略」ー4
さらに、驚くべきものが「グーグルブックサーチ」で、2004年にそのサービスをスタートさせている。
これは書籍の全文が検索でき、世の中の全ての書籍がグーグルから検索できるようにすることを目指している。
≪字数制限のためカット 2010年5月12日≫
・・・・・・・・
2005年05月12日(木)
 1500, 人生の敗北者とはどんな人か??2
私の周辺でも、「人生の敗北者」の要素の強い人が何人かいる。「自分は純粋無垢で、誠実で善良な人間であるいっぽう、
自分以外のほとんどの人間は、不誠実な悪人たちと信じて疑わない」という考え方の人である。「『無知』を起因としている」
と考えざるを得ないが、心のジャングルの中の暗い小道で、「知識」という光を持たないためである。
(字数の関係でカット09年05月12日)
・・・・・・・・・
2004年05月12日(水)
1135、「ライフ・レッスン」?13
 ー遊びのレッスン
 遊びは仕事とともにもっとも大事にしなくてはならないことである。何のために働くのかと問われれば、
遊ぶために働いてますと真から答えることができ、何のために遊ぶのですかと問われれば仕事をじゅうぶんできるために
遊ぶのです、と答えることが理想といえる。 遊びとはつかの間の気楽な時間ではなく、遊びのためだけに捧げられた、
じっさいの時間である。私にとって、この随想日記を書くことじたい遊びである。遊びでなくては絶対に千回も書くことは無理。 
散歩も私にとって、最大の遊びである。初めは腰痛対策であったが、いつの間にか遊びに昇華してしまった。歩いて楽しいのだ。
 晩年になって過去を振り返ったときに、あの時は良かったという記憶に残るのはやはり無心で遊んでいた時であろう。
それぞれの年代において、それぞれの遊びの中で我を忘れて楽しんでいた時である。
ー抜粋
・われわれは趣味や遊びが何であるか忘れている。家具つくりを趣味でしている人が、ある日突然「これを仕事にしよう」
と思い立つ。好きなことをして、それが仕事になれば、というかもしれない。しかし趣味とは成果を気にしないで純粋に
楽しむものである。 売るための家具をつくれば、もう趣味といえなくなる。 それは仕事である。
そのことに気づかずに、好きなことを、純粋に楽しめないことに ゆがめていく人が少なくない。
・面白くて、一日中でもやっていたい、本当に好きなことをやらずに、欲求を最大限おさえて生きていくなんて、
何ておぞましい人生だろう。遊びにかけているサファーを、われわれは並以下の人間に感じる。
しかし、真剣に問われるべきは、われわれの大半が遊びのない世界に住んでいるのは何故かということだ。
・自分自身に上質な時間をあたえてほしい。愛する人とすごす上質な時間が必要だということを、誰もが知っている。
ところが、自分だけのための、ひとりですごす上質な時間もまた必要なのだ。 ひとり取り残された時間でも、
気がついたらひとりになっていたでもなく、純粋にひとりを楽しむ時間が一番大事だということを知ってほしい。
 ー以前書いた文章ー 
ー遊びについてー
人間にとって「遊び」は最も重要の一つである。そこで「遊び」とは何かを考えてみよう。まずその達人を事例で考えてみる。
一番身近では母がそのプロ?であった。戦前、戦中、戦後の動乱期に10人の家族が生きていく中で、父とともに苦労の連続であった。
そして長男、次男の連続の不幸な死で今の重症のノイローゼーニ。心筋梗塞、死の一歩の手前までいった。
亡くなった時、医師の要望で心臓を解剖したら、心臓の4分の1が壊死していた。 それを乗り越えた後は、それまでのエネルギーを
遊びに全て向けていった。約40年近く遊びきって亡くなった。日本舞踊、短歌、お花、旅行、茶道、写真。
毎日いそいそと何か遊びを見つけ楽しんでいた。子供ながらに、そのエネルギーに感心をしていた。遊びの重要さもそのため学んだ。
父は「働く人」、母は「遊ぶ人」と役割分担がハッキリしていた。ただ父も仕事の合間に、結構遊びを作っていた。

[5]続きを読む

05月12日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る