ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3681, 逆説を考える
と時どき思う。それも身近な母や父などの夢は、特に!ところで母が持ってきた、あの封書の中味は何だったのだろう?
母の残した、「詩」だろうか?それとも家を守りなさいというサイン?
あのイメージは、家筋としての記録である。家系としての筋道? 胡散臭いが! ホンジャ (~▽~*)/
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2006年04月24日(月)
1847, 安楽死についてー2 (’0’)d おっ w(゚Д゚)w ハァ?
昨日の随想日記の過去分(2002年4月23日)に、安楽死について書いてあった。(あとでコピー)
数日前の毎日新聞のー記者の目 ーで安楽死について取り上げていたが、鋭い論評であった。
私は積極的安楽死論であるが、この記者も安楽論のようだ。両親や親戚の叔母などの死際を身近に見ていて実感したことは、
激痛を伴う終末の延命は無意味であり、カタチを変えた拷問の容認である。
ーまずは、毎日新聞からー
「射水市民病院の呼吸器外し問題」=根本毅(大阪科学環境部)
(字数の関係でカット09年4月24日) ヾ(^ω^*) バイ
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2005年04月24日(日)
1482, ラジウム岩盤浴ー2
スモールビジネスとして岩盤浴経営も増加しつつある。新潟市内にも、先日郊外に開店をした。
数年前に流行したアカスリブームや、足マッサージに似ており、一時的ブームも可能性も充分考えられる。
三〜四年が目安であろう?料金は一回600円?1500円。 天然ミネラル風呂と併設されているところもある。
女性の利用が9割ということもあり、女性専用のところが多い。最近は男性も利用者が増えつつあるという。
取引先の社長が、この岩盤浴に興味を持って岩盤温泉サウナを準備をしていたが、開店直前に失火で全焼してしまった。
現在、違う場所で開店準備に入っているという。失火した店を、その数日後に社長と見てきたが、見るも無残であった。
その時にラジウム石?を一部譲ってもらって風呂に入れたり、枕の下に入れている。特に風呂に拳大の大きさの石を入れたが、
身体に保温効果が出ている。風呂のタイルに付いていたカビや水垢も不思議なことに自然と消えていた。
また、この素材でできているカップでコーヒーを飲むと一段と美味しい。また酒やワインも、この小石を入れて飲むと味が
一段と美味しくなる。最近はラジウム石のブレスレッドや、ネックレスも身に着けている。
パソコンに集中しているためか目が異常に疲れるが、その疲れが減っている。
ーあるHPのこぴーです。
ルルドの泉って何?
(字数制限のためカット 2010年4月24日)
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2004年04月24日(土)
1117, 「ライフ・レッスン」ー6
ー罪悪感のレッスン
・罪悪感は自己の判断に根ざしている。自分が何か悪い事をしてしまったという意識である。
それは自己の信念体系に抵触をしたときに生じる、内側に向かう怒りである。多くの場合、その不幸な判断基準は、幼児期に
受けた教育によって形成されるものだ。それもしばしば「売春婦」になるべく育てられたということが原因になっている。
不穏当な表現だが、これは事実である。象徴的に売春婦とおなじく、われわれは他者の親愛の情を得るために自己を売るべく
育てられてきた。自己のためのアイデンティティを強化するよりも、他者の願望実現の為に専念するのがいい子であると
教えられてきた。真の独立や相互依存よりは、共依存すべく訓練されてきた。われわれは自己の幸福実現のために
自己の欲求を満たす方法を知らないままに育ったのだ。 適切な時に「ノー」といえることを学ぶべきなのに。
罪悪感は時間とも密接に結びついている。罪悪感はつねに過去から生じ、人は過去に生きつづけさせるものである。
罪悪感とは、現在というリアリティを見ないようにするための方法なのだ。それは過去にまでひきずっていく。
過去の罪が未来の罪をつくりだす。罪をてばなした時、人ははじめて過去を手放すことができ、あたらしい未来創造ができる。
人は罪に値するものではなく、許しに値するものである。そのレッスンを学んだとき、われわれはまったき自由になるのだ。
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04月24日(日)
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