ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3382, 考えない・日本人
という有名レストランに案内をする。金沢市内を一望できる有名店だ。同僚と一度いったことことを思い出して案内した。
その後、都ホテルに姉を送る。金沢の夜も今日で最終になった。一年半近くいたが、五年もいたような気分であった。
会社が揺れていたこともあるが、中味の凝縮された日々である。気分的には屈辱の日々であった。金沢は見方によれば、
露骨な差別社会で、そと者の社員は人間扱いはされない。金沢で特に感じたことは、加賀百万石の文化の深さである。
自分の故郷も元長岡藩だが、その歴史の深さがまるで違う。金沢は、派手なのだ。背後には能登半島、福井、富山、高山を
控えた観光地である。対極にある長岡は、それに対して地味の世界である。比べること自体が問題であるが。
幕末に長岡藩家老の河井継之助が「贅沢禁止令」を出した文化が、今でも脈々と続いている世界である。
それと江戸末期に官軍に敗れたことが、どこか卑屈になっている。金沢に住んで、このことがよくわかった。
長岡は、金持ちが「めかけー愛人」を持つことは悪口の対象になる。金沢では、それは羨望であり、ほめ言葉である。
男女の?も非常に大らかで、自由な雰囲気が満ちていた。日本の中のスウェーデンと内々で自認している世界。
また、男は今でも自分のことを「わし」という。相手を呼ぶ時は「お前」か、「貴様」という。
店では、男は絶対に掃除はさせないのだ。箒を持ったら誰か女性がきて、取り上げられてしまう。
とにかく、加賀百万石の異様な?世界であった。外者にとって、長くは住みたいとも思わない世界である。
でも三年住むと、それも無くなるという。          さらば!金沢。
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2004年06月29日(火)
 1183, ショーペンハウエルー哲学について-12
ショーペンハウエルは、カントの思想を修正して完成をさせたドイツの哲学者で、主著は「意志と表象としての世界」である。 
(一七八八?一八六〇)に生き、その思想はカント・ショウペンハウエルというものをつくりあげた。
彼はあくまでカントを自分の理論の前提条件とした。その意味で彼の哲学の出発点は「カント哲学批判」だった。
「真の実在は盲目的な生存意志であるとし、個々の人間の中に意志として現れ、盲目的意志の衝突が相継ぐ結果、
苦痛に満ちた人生を送らざるを得ないという厭世哲学」を主張した。 この苦痛から解脱する道は、
・芸術活動に専心して個体の意志を克服するか、
・個体はすべて同一の形而上学的本質をもつ意志であると自覚し、
 他人の苦痛への同情を根拠として倫理的に解脱するか、のどちらかであると論じた。
絶え間ない望みと恐怖を伴う欲望の渦に身をゆだねるかぎり、永遠の幸福と平和は手に入らない、と説いた。
 カントは、物自体の世界にやどる意志の働きによって、人間の体は「自由」な運動をすることができると主張した。
それに対して、ショーペンハウエルは、それは不可能でとして、意志の働きとそれに関する体の働きは、本当は同じ一つの出来事が
二つの側面からとれえられているいるだけと考えた。一つは内側から経験されているもの、もう一つは外から経験されているものだ。
このことを、彼は「動機とは内側から経験される原因である」という有名な言葉でいいあらわしている。
人の倫理観の源になっているのは「同情心」であってカントが信じている理性ではないと論じた。
彼によればこの同情心こそ愛と倫理が生まれてくる基盤と考えた。彼まで、西洋では東洋哲学は全く知られてなかった。
その東洋哲学はこの時期に西洋哲学と同じ結論に達していたのだ。これを知った彼は、この発見を書にあらわした。 
 ショーペンハウエルは、人間が閉じ込められているこの世界の地下牢からのつかの間の解放される方法を一つだけ示している。
それが芸術であった。人は絵、劇、彫刻、とくに音楽を聴いているとき、一生逃れることができない欲望から自分を解き放つことが
できるといった。その瞬間、経験世界の外にある、異なる次元の存在に触れることができると。
 学生時代にショーウペンハウエルを知った時に何ともいえない神秘的なイメージを持った記憶が生々しい。

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06月29日(火)
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