ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3255, 「都市主義」の限界  −1
ここまですれば誰でも心が動くだろう。逆に、その位しなくてはプロとしての営業にはなれない。
昔は金持ちや偉い人には「太鼓もち」や「芸者」が、お世辞や芸のサービスを売っていた。
現代では、クラブのママやホステスやバーテンなどが代わって、その役割をするようになった。
現代芸者・太鼓持ちというところか。営業活動で、職務としてキーマンに「どっこいしょ」と持ち上げ、心の隙を見つけて
営業をスムースにするスキルを求められる。人好きの人でないと勤まらないだろう。必死になれば人好きになるだろうが。
営業は自社の商品を売るのが目的であり、その良さをアピールするのが仕事になる。そのために、相手の気持を開かなくては
ならない。その際たるものは保険屋の営業であろう。第一保険の日本ナンバーワンの手記を読んだことがある。
トップセールスに相手を絞って、徹底的にお客のサイドに立った保険のシステムを組んでやるという。
そのために顧客大部分が、顧客の知人の紹介でのネットされたものだという。セールスの機能を保険会社の代行ではなく、
顧客の代行と切り替えたのである。昔から営業のやり手は仕事が終わった後のアフターファイブから仕事をする。
また自分の休みの土曜日を遊びを兼ねた営業をかける。仕掛けを自分の知恵をつかってフリーの時間外につくっているケースが多い。
へドロといわれる人がいる。時間内しか仕事をできない人である。公務員系の子息を一般の会社に入れると、本人だけでなく
周囲に??をもたらす。別に本人責任でないから問題は深くなる。父から聞いた話だが、戦前に骨董屋をしていた時、
地元の大手の社長へのトップセールスを思いついたという。女好きという話を聞いて母に電話をさせたところ直接出てくれたという。
そして骨董商をしているが会ってくれと言ったところすんなり会ってくれたという。もちろん父がいったそうだが。
やはり知恵をつかっての営業ということだろう。その後、その人のキッカケで多くの大手のトップを
紹介してもらったという。何事も必死になれば道が開かれるということか。そこから性格が磨かれるのだろう。
セールスは品性が基本になくてはならない。品性は普段の生活の中から築くものだ。 家系もあるが?
                                        耳が痛い?!
・・・・・・
2003年02月22日(土)
689, 人生の「かたち」
 ーいやなことはやらない!
51歳になった年に、母を見送り(88歳で死亡)、下の子供が大学に入学。
事業では新潟駅前で500室の客室数の完成で、人生の丁度目安がついた年ー人生の分岐点の年であった。
その時に、「好きな事をやり、厭なことは可能な限りやらない」という方針をたてた。
ところが同じような記事が産経新聞に出ていた。哲学者の中島義道氏の文章で 
 ー私流人生の「かたち」ーの{「厭なこと」はなるべくしない}であった。
 きしくも、私と同じ歳で、やはり6年前に決心したというから不思議なものだ。
ー私よりずっと徹した内容で、人生を半分降りようと決意したという。
・社会的成熟を拒否し、世間体を投げ捨て、どんなに嫌われようと、排除されようと、いやなことはなるべくしない
・親戚とか友人の冠婚葬祭は一切省く、大学の校務はギリギリ最低限のことしかしない。
 −5年前と2年前に亡くなった両親の法事にも一切参加しなかった。
・自分の実感から離れる社会的慣用句(「世間語」)を語る事を完全にやめる。
 −感謝してない時は「ありがとう」といわない、心のそこからそう思わない時は「おめでとう」と言わない。
・あまった膨大の時間、18歳の少年のように「生きるとはどういうことなのかな〜。
 まもなく死んでいくとはどういうことなのかな〜」とか考えている。
・楽しいかといえば、全然楽しくはない。むしろすざましく不幸である。しかし、自分の人生のカタチと諦めている。
先日亡くなった同級生が正反対の世界で、必死に自分を演じていた。彼の立場は、それが不可能の立場であった。
6年前に考えたのは、「本当に好きな事は何か?」「いやなことは何か?」であった。


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02月22日(月)
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