ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3175,学習性無力感
 すなわち私は自我であるとは明らかに虚構であり、しかも近代特有の虚構である。
 それなら、病理として現れるその崩壊現象こそ、ある意味では、
 近代以前の本来的のありようを示しているといえるかもしれない。
 古代の人々にとって、感情の自律性とは、それ自体で神々の訪れだったようである。
 怒りの神が、嫉妬の神が、憎しみの神が、到来する、私の心に、このとき私の心が
 私の所有であるとは意味を成さないだろう。感情それ自身が神々である。
 あるいは魂が複数の人格から成るという世界観は、現代のわれわれの心的生活を、少なからず解放する。
 ある強い感情に圧倒される時、これは「私の」感情ではない。向こうからの訪れなのだと捉えることは、
 自己観察の距離を生む。逆に、見慣れない感情、厄介な感情をもむかい入れ、親しむ余裕すら生じるかもしれない。
 否定的な感情というのは厄介なものである。主客が分かれた世界においては、
 黒々とそこにあるそれは、目を逸らすにも抑圧するにも明瞭にすぎ、
 人は主観のうちに担い切れず、客観の側に犯人探しをして、その責めを負わせることになる。
現代社会の構造が、人の感情を否定的にしていると思われがちだが、話は逆で、否定的感情の処理の仕方を
知らない現代人が、それを社会のせいにしている場合がおおいだろう。 主観と客観の狭間で、
処理することができずに膨張する一方の否定的感情に追い詰められて、自爆寸前の現代人にとって「魂」という
第三の存在の視点として所有することは、それ自体で対立に風穴を開けることになる。 それはあくまでも視点でしかない。
  主観と客観の対立が虚構であるように、魂もまたひとつの虚構である。
  しかし、それ自体が謎であるところの世界と存在の謎を見抜こうとする
  眼差しにとって、一切が虚構として見抜かれるとして何の不都合があるのだろうか。
  虚構は虚構として自覚されることによって、視点として有効になる。
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この本も、この辺で終わりにする。池田晶子の本を、さらに4冊も読んでしまった。
1、「14歳からの哲学」 2、「知ることより考えること」 3、「人生のほんとう」  
4、「41歳からの哲学」で、良かった順である。
それだけ、わかりやすく鋭い切り口で、気楽に哲学の世界に引き込んでくれる。
年内は、池田晶子ワールドにドップリ浸かるのもよいだろう!
            おわり  (*⌒ヮ⌒*)ゞ  バイ!
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2005年12月14日(水)
1716, 絵文字が面白い!ー2
  ー喜怒哀楽の絵文字
 (以下、字数制限のためカット 09年12月14日)
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2004年12月14日(火)
1351, 全日本相撲選手権
この時期の日曜日、全日本選手権が行なわれている。
全日本学生選手権か、この選手権で優勝すると、多くが卒業をすると大相撲にいく。毎年、そのためか多くのドラマがある。
今年の見どころは既に学生選手権で優勝して大相撲の幕下から角界に入る事になっている学生横綱と、スケールでは
一回り大きい高校横綱の優勝争いであった。 トーナメント戦と準準決勝で争い、高校横綱が連勝した。
これで高校横綱も角界に入ると思われる。今年は、思わない伏兵が優勝をした。
過去ほとんど予選で敗退してきた29歳の小手投げでしか勝てない選手が、すべて小手投げで勝って優勝をした。
小手投げを相手も用心をするのだが、それで勝つのだから面白い。小手投げは、捨て身の起死回生の技である。
それが得意技というのも、珍しい。今まで見てきた、この選手権では一番面白い内容であった。
この選手権の面白みは、一発勝負である。去年も書いた内容をコピーしておきます。
   毎日、面白いことがつづく。
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2003年12月14日(日)
984, 電波時計
 電波時計を買って2年近く経つが、昨日のチラシに電波時計のフェアが載っていた。安いもので1980円のものもあった。 
昨年買って使ってみた感想を書いてみる。今までは1〜2分位の誤差があったが、電波時計は自動的に時間の修正をする為に、

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12月14日(月)
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