ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■3139, 「法則」のトリセツ −4
「休む」とは無為に寝転がっているということではなく、各人がそれぞれの自分だけの守護霊(部族と家族とも共通でない)
と相対する時間のことである。他人との関係からはなれて、ひとり静かに自分自身と、つまり自分の無意識と対話するのだが、
守護霊は雪の山野の親しい生物から選ばれるのだから、それは自然の声でもあろう。
そんな平等な個人を基本とする生き方が、農耕時代に入って、身分制社会の不平等生活へと一変したことは事実だ。
まるで高等サル類の不平等な群社会に戻ったかのように、ひたすら優位者の機嫌を窺い、身辺の人間関係に意識の大半を費やし、
一族の、村の、国の共同の神をそろって拝む。 だが農耕社会はわずか数千年来のこと。
それに比べてわれわれは本格的な狩猟民として、最も短く見積もっても5万年もの経験を持っている。
20世紀の後半になって、農業人口が激減して、巨大な村に過ぎなかった木造的都会が、鉱物的な現代都市に変貌するにつけて、
狩猟民時代の記憶が意識の底から徐々に蘇り始めてきているように思えてならない。
ーー
以上であるが、現在の時代に大きなヒントが隠されている。 エスキモーの生活が「働く」「遊ぶ」「休む」の三つに分けられ、
その中で「休む」が最も重要に考えられているというのは、大きな示唆がある。 ゴロゴロ寝ているのではなく、
各人がそれぞれの自分だけの守護霊(部族と家族とも共通でない)と相対する時間というのがよい。
意識の変容は、本来の自分に戻る状態といえる。自分の守護霊と対じして、深く自らを見つめることで魂そのものと出会う。
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2004年11月08日(月)
1315, ビーズ・クッション
数年前、パソコンショップで椅子と腰の間に置く「ビーズ・クッション」を見つた。
早速買って使ったところ非常に良い。そこで海外旅行に持っていって、飛行機やバスの席の腰に当てて使っている。
《字数の関係でカット2008年11月8日≫
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2003年11月08日(土)
948, ユーモアのセンス
このホームページにもユーモア・小話のコーナーを設けてあるが、世の中には、面白い小話、ダジャレ、
ユーモアは多くあるものだ。といって本当に面白いものは少ない。
以前もユーモアについて書いたが、当時は小話を100近く集めて知人に話した。
それが、ここの癒し系のコーナーに書いてある。 ユーモアについては、全く通じない人が多い。
「どうして?」と共通項を考えてみたが、本を読んでない人にその傾向が強い。
言葉の中にある微妙な面白いイメージが全く湧いてこないのだ。 それと、身構えて冷笑してしてしまう。
早くいえば教養のない人であるが、それをいってはお終いだが。
「じゃあ、あなたは自分の教養があると思っているのか?」と言われると答えようがない。
全くつまらないと思うか思わないかのテストをしてみる、
ー身の上相談ー
アメリカのラジオ番組で、ある女性の回答が評判であった。あるとき、小学校のこどもが相談の電話をかけてきた。
「うちのママは、毎日、毎日、朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい よく勉強をしなさい TVをいつまでも見てはいけません
夜は早く寝なさい と言って、うるさくて、うるさくてしかたがありません。 ボク、どうしたらよいのでしょうか」
それに回答者が答えた。
「朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい TVをいつまでも見てはいけません 夜は早く寝なさい 以上、サヨウナラ」
この何が面白いのかと疑問に思ったら、少し考えた方がよいのでは、と思うのは少し厳しすぎるだろか?
「子供の期待する答えと、全く正反対の言葉を斬って返すセンス」が面白いのだ。隣の席の女に気がいっていてはダメだ。
ーまた他の話で
ある男が片腕を失って、将軍から銀の勲章を貰った。
男は将軍にもう一方の腕を失くしたら金が貰えますかときくと、将軍は「もちろん、あげますよ」と答えた。
それを聞いたその男やおら剣を抜くと、もう片方の手を切り落としてしまった。
この話、何にも面白い内容ではない。ところが少し考えると、あることに気がつくはずである。
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11月08日(日)
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