ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2933,世界恐慌に入って、まる7ヶ月 ー1
この詩を読んでいて、何か深い悲しみを感じ取ることができる。特に失恋をした若い女性にとって、
深い癒しになるだろう。年をとるにつれて、人間は誰もが多く挫折をし、傷を負う。
深い挫折の中で、汚れたという言葉が自分を苛む。その中で自分の汚れを拭き取りながら「所詮こんなもの、人生は!」
と自嘲する。24歳の日記をまもなく書き写すつもりだが、当時の自分の気持ちも、この詩の心に似ている。
昨夜、極近に挫折をし自殺直前で思いとどまった人と、膝付き合わせて話した。
一言一言の言葉の中に、深傷の痛みを感じ取ることができた。「汚れてしまった」という言葉の替わりに
「倒れ(挫折)てしまった」が、彼の気持ちであった。その悲しみは、本人しか知ることはできない。
その傷は本人しか治せない。「それでも生きているのは何故か」を自問自答をして、「何かに生かされている」
ということに真に気がついた時、初めて一人で立ち上がることができる。それにしても深い詩である。

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2004年04月16日(金)
1109, 「ライフ・レッスン」ー読書日記 ?2
 ー第一章 「ほんものの自己」のレッスンー

この本の意味は読めば読むほど、その深さに驚かされる。キュープラ・ロスが死にゆく人々から学んだ教えの数々。
すべてを終えた時、「生」と「死」の本当の姿があらわれる。
その深さに少しでも自分の意識を降ろす為に、一章づつ印象深い文章を書き出してみる。
私たちは、自分に与えられたレッスンを学ぶ為に、地上に生まれてきたのだ。
25歳の金沢時代の、どん底にいた時のある瞬間に「ハッ!」としたことがあった。
今でも忘れられない瞬間であった。自分は何故ここまで惨めな気持ちにならなくてならないのだ。
自分が何故ここに、こういう状態いるのだろう?
その瞬間に思ったことは「自分は修行をしにきたのだ、修行で苦しみの極限を味わう為である。
その極限を嫌っていては何の意味もない。極限の境遇を学ぶ為に今ここにいるのだ。
それなら、いま自分がこの状況にいることが必然である。 学ぶのだ、学ぶしかないのだ、
それなら今の自分が自分で納得できる!」という、こころの大転換があった。
その時から、視点が変わった。全てが可愛い表象に見てきた。分厚いレンズー現実が目の前から消えたようだった。
この本を手に取ったとき、なるほど究極に生きてきた人の、暗闇に光り輝く魂の言葉の深さを感じ取った。
過去を考えてみると全てがレッスンであることが理解できる。人生は学校なのだ。
現象は神があたえた教科書の練習問題。何故、その問いに答え続けなくてはならないのか?
それが生きるということだから!
ー以下は、過去に書いたライフレッスンー1の内容である。 
 938, 「ライフ・レッスン」ー読書日記  2003/10/29
  (字数の関係でカット2008年04月15日) 

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2003年04月16日(水)
742,『金持ち父さんの子供はみんな天才』?1               
               ー 読書日記

『金持ち父さん』シリーズの三冊目『親だからできるお金の教育ー金持ち父さんの子供はみんな天才』を買って読んだ。
この本のシリーズの本は、どの本もそれぞれが理にあっている。
何回も読んで金銭感覚を磨かなくては、この時代には挫折をしてしまう!
何割かは実行してきたことだが、しかしあいまいな部分が多い。この激動の時代だ、一つ間違えると致命傷になってしまう。
お金は、ある意味で生きていく交通手形である。お金に対する考え方は人生観の大きい基礎といってよい。
 ーまずは印象に残っているところを抜粋してみる。
  ー抜粋ー1
昔、先生からこんな話しを聞いたことがある。
「神様は私たちに右の足と左の足を与えてくださった。正しい足と間違った足を与えてくださったのではない。
人間はまず右に向かい間違いを犯し、次に左に向かって間違いを犯すことで進歩をする。
いつも正しくあらねばならないと思っている人は、右足だけで歩こうとしているようなものだ。

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04月16日(木)
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