ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2924,中沢新一の『三位一体モデル』 −3
早くいえば、今まで飲んだ日本酒で一番美味しい。「嘘だろう、今まで日本酒に関しては美味しい酒は飲んできたのに。
自分が変ではないだろうか」と、飲んで何回も口に含んでみた。 しかし美味しいのである。日本酒に関しては、
この随想日記にも書いたことがあるが、美味しい酒が飲める環境にあった。
地元の人がみている前提で書いているが、美味しいものは美味しい。
そこで、その酒の箱を見てみたら、ヤッパリ仰々しい印刷があった。
「ロンドン開催ー第12回国際酒祭り酒類審査会ー世界第一位受賞」と書いてあった。
「天領盃 大吟醸」が、酒の名前。 メーカーは佐渡の「佐渡吟醸株式会社」。
このラベルにつられて、美味しいと思ったのではない。口に入れた瞬間、ただ水を飲んでいるようで何の味もしなかった。
そして二口目を口に入れたとき、何ともいえない香りと味がしてきた。
朝日山の久保田(万寿)や、吟醸古酒を少し薄口にした味というと、かなり大雑把な表現になるが。
酒の世界の深さを殆ど知らないが、底の知れない世界があるのだろう。
そういえば先日TVで、メーカー名は忘れたが四号瓶で数万円もする日本酒を紹介していた。
数十年かけて醸造したものであった。 どんな味がするのだろうか。
ワインなどは、もっともっと深い世界があるのだろう。
ー酒通がこの文章を読んだら、この程度でと鼻先でわら笑うだろうがー
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2004年04月07日(水)
1100, 撃墜王の秘密
ある本の「撃墜王の戦法」がなかなか面白い。そのまま書き写してみる。
ー第二次世界大戦で「独特の戦法をとった」二人のパイロットは、ハルトマン少佐と
その師であるロスマン軍曹。ハルトマンは確認されているだけで敵機352機、ロスマンも80機以上も撃墜している。
その戦法を最初に考案したのはロスマンである。彼はパイロットになりたての頃、完治不能の傷を負った。
普通、接近戦になると体力が勝っている方が有利であった。そこで普通の戦法ではとうてい生き残れないと
悟ったロスマンは、考えつくした末、自分の体力を補うテクニックを編み出した。
彼は体力戦勝負の接近戦をやめて、計算しつくした戦法に切り換えた。
一つ一つの攻撃に、それぞれの計画を練り上げた。敵に実際に銃弾を浴びせることを考えないで、
どうチャンスものにするか、さまさまな情況を分析することに多くの時間を費やしたのである。
彼が攻撃に出るのは確実に勝利が取れるポジションを取れたときだけだった。
理想的な標的となった相手にだけ、ありったけのエネルギーを使って集中攻撃をしかけるのだ。
ハルトマンは、ロスマンの「相手をよく見極めてから集中砲火を浴びせる」戦法が優れていることを、
自らの戦果で証明をした。ー
ー以上のことより学ぶことは、完治不能の腕を持ったことで、考えつくして全く違った戦法を自ら作った
ことである。色いろな情況の研究に全てのエネルギーを入れたことだ。 孫子の兵法と同じである。
普通のパイロットは、接近戦の銃撃の手法を研究したのに対して、確実に勝利の取れるポジションとりの研究を
していたのだ。 チャンスが来るまでエネルギーと知識の保存を充分に蓄積していたのだ。
過去に上手くいったケースを考えると、大体がそうである。勝てるポジション取りであったのだ。
人の真似とか、表面を見て準備不足の事業は失敗をしてきた。
といって、この時代ジックリ準備といっている間にチャンスは一瞬で消え去る。難しいところだ。
一病息災というが,一つ病気を持っていた方が健康にとってよいのも事実である。
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2003年04月07日(月)
733, 30年間着ている礼服
現在も着ている礼服は忘れもしない記憶がある。ちょうど30年前になる。
父が「あと2週間の命」と医者に宣告された直後に母にいわれて、「村田仕立て屋」に、
父に解らないように出かけて、つくったものだ。今でもしっかり冠婚葬祭に着ているが、全く古い感じがしない。
私が子供の頃に注文服も扱っていた頃から出入りしていた仕立て職人で、腕がよい人だった。
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04月07日(火)
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