ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2903, 日本は輸出立国か?
孤独は絶望感の果てに到達するケースが多い。
 「孤独であるためのレッスン」ー諸富 祥彦 (著)の本の内容で考えさせられる部分を書き出し、更に考えてみる。

・「ひとり」と「孤独」についてムスターカスによると、彼の孤独について考えを語るうちに、様々な反論を受けました。
   孤独というものは、人間関係の失敗であり、挫折の印に他ならない、と言われ続けてきたのです。
  彼によると、孤独の真の意味を理解できない人の多くは、
・ひとりでいる体験と、
・深い孤独との区別ができない ゆえに誤解を生じているのです。

 両者の区別について、いずれも大切なものだと断りながら、次のように言っている。
「孤独とは対照的に、ひとりの時には、私達は意識的なコントロールを働かせて、
 意図し、考え、決断している。ひとりでいると、私達は必要な休息を得られる。
 一方、孤独でいると、私達はギリギリの状態に追い込まれる。
 ひとりの時は、私達の体験に、展開と継続性がもたされる。
 一方、孤独の時は、全体的、革新的な変化を私達にもたらしてくれる。
 ひとりの時は人の中に帰っていく。孤独な時は自分に帰っていく道を開いてくれる。」

 また、別の箇所では、
「ひとりとは、たいてい過去や未来にまたがった中間的な状態であるが、孤独とは、常に生命に直接、
   今、ここでかかわっている状態である。ひとりとは、自分に没入していることである。
 孤独とは、自分とともにありながら、さらにそれを越えて、
 新しい自己を創造しようと激しく一瞬に生きることである。」と説明を加えている。
 
ムスガーカスのいう孤独な時とは、
「人生の一大転機点の時であり、孤独に浸っている時、人は、もっとこの激しさが続けばよいと願ったり、
  永久に離れたくないと思ったり、あるいは、底なしの絶望感に捕らえられたり、信頼が裏切られたり、さんざんに
  打ち砕かれてしまうことがある。このような強烈な驚きに震え、深いショックに身を砕かれた時に『私はひとりだ』
  と言っても、その体験を伝えるには不十分である。それでは孤独の肯定的部分も否定的部分も伝えられない。
一方、『私は孤独だ』と言うと、独特のニュアンスが付け加えられ、引き裂かれた状態が示される。」

過去と未来を断ち切り、新たな自分に生まれ変わりを余儀なくする、有無を言わせぬ一瞬の体験を意味するのです。
次に、ムスターカスは「孤独に対する不安」と「実存的な不安」を区別します。
「孤独に対する不安」は
ー生と死の重要な問題に直面するのを避けるために、絶えず他人とかかわりを
求めて、忙しく立ち働いて、本質的な孤独を打ち消そうと防衛から生まれる。
一方、「実存的な孤独」とは、ー人間の本質に目ざめていることの証であり、生の動乱や悲劇、変転に直面していく際に
  育まれるものである。この世に生まれて、激しく生き、ひとり死んでいくことの本質にある孤独が実存的な孤独である」
さみしさは、しばしば、人と人とのつながりが拒否されたり、離れ離れになることによって体験されているものである。
一方、孤独とは、自然の静けさの中で無言で木や雲や波に語りかけたり、
静かに詩をひとり読んでみたり、音楽に聴き入ったり、芸術作品をひもといていたときに去来する。
孤独になる勇気を持つこと。 孤独を楽しむ能力を持つこと。
この二つを備えた人間にしか、これからの時代、ほんとうのしあわせを獲得はできないはず、である。
ーーー
孤独は誰も何時も直面している問題である。だから教養とての知識の必要性が出てくる。
社会通念としての「孤独はさびしいもの、避けるもの」を、まず疑ってみることだ。
特に、携帯を持った猿にとって! 「自覚のないゴミ」になり下がる前に。
去年の同日の、永六輔がいう「虚しさ」を知った孤独こそ永遠への扉の「いま、ここ」を覗いていることになる。

・・・・・・・・
2004年03月17日(水)

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