ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2826, 暴走する国家恐慌化する世界 −3
調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。
しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて
一千回の到着日とすることにした。 あくまで自分ひとりの記念でしかない。
子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、
「遺言」のつもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)だから続いたのだろう。
自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際のところ面白いだろう。
いま考えてみると、私にとって随想日記を書き始めた日を境に自分が間違いなく変った。
一日一日が本当に充実したのだ。50人位の人に毎日読まれていると思うと誰かに見守られているような感覚になる。
作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。
死ぬ前に全てを消し去っていくのもよいし、また書き残すもよいのだろう。
いずれにしても50年以上は残らないのだろう。いや死んだと同時に消滅してしまうか。
そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。
ところで実感としていうと一番勉強になり良いのが、自分であることだ。
・テーマ探しに46時中頭が1杯
・そして構成に苦労して
・書き上げた後に、何回か書き直し
・誤字と矛盾をさがす
そのプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。といってこの程度の内容であるが。
ス〜と書ける日はよいが、全く書けない日がある。それでも何とか書くからよいのだ。
書きつづけていると、自分自身が変っていくのが良く解る。
書くということは、考えるということであり、考えを纏めることになる。
書き続けることは、書き重ねることになる。
書き重ねて、それを読み返すことは内面の深層に入り込むことになる。
深層の自分は、ユングではないが万人にあい通じる部分が出てくる。
その共通面と、違う面を自分で見つめることが可能となる。 少し難しくなってきたが。
来年からは「閑話休題」や「あはははは」とか、ソフトな内容を挿んだり、土日を休むとかして、
今のエネルギーを半分にしようと思っている?このまま続けると、ある日突然「や〜めた!」ということになりそうだ。
千回千回と思いながら、書き続けてきたのだから、やはり転換期だ。
来年は待ったなしにリストラー事業構造の転換の年、頭を仕事に切り替え集中しなくてはならない。
それとも、「2千回2千回!」と唱えなおそうか?どうなるか?
自分でもわかりません。 ー本当に読んでいただいて有り難うございました!
・・・・・・・・
2002年12月30日(月)
626, 葬式仏教の由来
現在の日本の仏教は完全に成り下がっている事を随想日記で何回も書いている。
葬式仏教の集り体質である。
その成り立ちを、ある仏教学者の本に明快に書いてあった。
・その発端は徳川幕府がキリシタンを弾圧した江戸時代にある。キリスト教徒を撲滅する為に、
お寺に監視機能を持たせた。お寺の檀家にならないと、キリシタンにみなした。
−具体的にはお寺に宗門人別帳という登録権をもたせた。
そこで布施や付け届けをもってこないと宗門帳から抹殺すると、
脅して間接賄賂ー布施や付け届けを強要した。それにより自ら堕落をしていった。
・更に徳川幕府はお寺に葬式を命令した。キリスト教の葬式をやらせない為だ。
本来坊主は出家をしている為、家族の代わりに坊主仲間がやっていた。一般人は家族が出していた。
そこで葬式を命令されたので、一般人を死んでから出家した事にして 葬式をあげることにした。
戒名はその為に作られた風習でしかない。 弟子の葬式をやってやる建前にした。
在家の葬式を坊主が始めたのは江戸時代の幕府の命令で行われたにすぎない。
本来それは本物の宗教とかけ離れたものだ。
先祖を弟子にしてあるから、先祖供養をネタに葬式業としての職業化を図ったのが実情だ。
それが現在になって壊滅を始めているのが彼等葬式仏教界の深刻な問題だ。
もっとひどいのは現世利益を約束している新興宗教団体だ。戦後、宗教団体に免税したのが最悪の状態にした。
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12月30日(火)
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