ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396198hit]
■2630, 閑話小題
飛行機の隣席や、訪問先で、世界を一人放浪している若者と何度も出会った。
彼らは、久々に見る日本人に冷たいというより、懐かしさのためか人懐っこい態度で我われに接してくる。
色いろな世界の原住民と多く接してきて、その中で大きな禅僧の悟りのようなものを得たのだろう。
近寄りがたい神聖なオーラを感じることがある。彼らは世界の最果てで、一人自問自答をしているからだ。
彼らは、多くの世界の果ての人たちとの心の通じ合いを「瞳と瞳を見つめあってニッと笑うだけで通じる」
ことを体験上、知っているのだ。
この二人の対話から、その悟りのようなものを多く垣間見ることができた。
それも、かなりのレベルの禅僧の対話のようだ。
次回は、彼らの対話で私の心に響いた部分を抜粋してみる。
ーつづく
・・・・・・・・・
2004年06月16日(水)
1170, 哲学についてー4
ー近代科学の芽吹き近代科学が16〜17世紀にかけて登場してきた。
新しい科学がそれまでの世界観を根本的に変えようとした。
まずはポルトガルのコペルニクスである。
宇宙はこの大地にあるのではなく太陽であるとすると仮定したら、数学的に
解明できなかった問題が多く解決できると指摘をした。地動説である。
それまで教会が主張してきたことを、聖書に書いてあったことを根本的に否定することになった。
そしてガリレオ・ガリレイが時の権力者と地動説で真っ向から対立をする。
キリスト教の教義と対立をするため宗教裁判にかけられてしまう。結局は自分の地動説を放棄させられてしまう。
しかし彼は有名な言葉をつぶやく「それでも地球は回っている」と。
次に、史上最高の科学者アイザック・ニュートンがあらわれる。
1666年に自分の庭でリンゴが木から落ちるのを見て、引力の意味に気がついた。
彼はそこでリンゴを落下させるために働いている力は、月を地球に引きつけている力、
地球を回らせている力と同じであると気がつく。近代科学の登場で思想に対する教会の影響力が
薄まってくると、哲学の分野でも合理主義の芽吹きが出てきた。
つづく
・・・・・・・・・・
2003年06月16日(月)
803、50歳の頃ー1
−60歳までの人生
曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。丁度私が50歳の時であった。
50歳で、母親を見送り(亡くなり)人生の損益分岐点を超えたという思いがあった。
あとの人生を如何生きようかという自分への問いかけをしていた。
その翌年、下の子供と家内と3人で南米のギアナ高地に出かけた。
テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら息子と日本酒を
飲みながらふと思った、「ああ自分の人生の元は充分にとった」と。
その時に考えたのは、「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』なら、
それ以降の人生を60歳までに詰め込んで生きよう!
『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」であった。
・海外旅行をそれまでに50回行くこと-不景気で難しく?なってきたが
・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう
・好きな事を可能な限りしよう 等、生き方を変えようであった。
しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。
母の行き方を見ていたので、この人はまだまだ解っていないと思った。
本当に「良いのは60歳から」というのを母の生き様から教わっていたからだ。
しかし「60歳以降の前倒しをしてしまおうという決心』は良いのではと解釈した。
その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人が人生の秘訣を教えてくれた。
「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。それを前提にして、そこまでに人生のすべてをし尽くした。
その一つに日本を全てを家内と娘と3人で回り尽くした。
その後は世界にチャレンジしてほぼ全てをまわり尽して今もこうして生きている。
短命の家系という前提それがなかったら人生をここまで味わいつくせなかった」
[5]続きを読む
06月16日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る