ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2629, 世界バブル経済終わりの始まり −3
さすがこの二年は一回ずつだったが合計十六回になる。私の大きな趣味の一つといってよい。
海外旅行より得た感激は私の人生を非常に豊かにしてくれた。
それぞれ全てがすばらしい。違う“とき”が流れていて、その中にはまりこむ、
その広がりと深さの味わいは旅行し、現実にその場に立ち感激しなければ理解できない。
初めて旅行したのは昭和四十二年、たしか海外旅行が自由化された翌年だった。
大学の海外旅行研究会が募集した三〇日間世界一周というコースであった。
当時はまだ年間二十万人しか旅行者はおらず、旅行先で日本人と出会う事はほとんどなく、
オーストリアなどでは見ず知らずの日本人を平気で自宅に招待してくれたり、
英国では留学生が日本人が恋しいのだろう、どこまでも市内を案内してくれた。
欧州の文化文明に大きなカルチャーショックを受けた。帰国して数ケ月はただ呆然としていた。
二十才という年齢もあろうがオーバーに言えば人生の一大転機のきっかけになった。
それだけ感激とショックは大きかった。

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2003年06月15日(日)
802, サッカー観戦記
先日、知人からサッカーの招待券を貰った。アルビレックス新潟とサガン鳥栖の対戦である。
こういうチャンスはめったにない、行くことにした。
昨日ー6月14日、場所は新潟市の駅裏から数キロ先である。
去年のワールドカップの為につくった新潟スタジアム、一度見てみたかったから
丁度よかった。雨が気になったが終了後、車に乗ったと同時に降ってきた。
もっとも雨よけがあったが。キックオフが14時、その30分前に着くように出かけたが、
車の渋滞で開始後30分後席に着く。初回は一時間前につく予定を立てるべきであった。

やっとたどり着くと会場から、唸りのような歓声が聞こえてきた。
観客席に座った時には、アルビレックスがすでに一点を取られていた。
何とも会場の大きなウネリのような歓声が凄い。 その世界に一瞬に吸い込まれてしまった。 
招待席は相手チームの席、といってほとんどが地元の人たちであった。
若い人ばかりかと思っていたが、年代層は広い。3万4千人の入場者と場内放送でいっていた。

 試合は一点リードされていた新潟が後半に逆転、2対1で勝った。
攻めまくった新潟がなかなか点が入らず会場が苛立っていたが。
それでも試合の後半に新潟が2点を入れて逆転、非常に面白い内容であった。
これで引き分けを挟んで四連勝である。サポータが熱くなるのも解るような気がした。
あの熱気の世界も一度経験しておくと良い。

 最近は何事も経験と、チャンスがあれば何でも参加するよう心がけている。
今度は後楽園で巨人戦にいってみたいと思っている。

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002年06月15日(土)
438, 因縁についてー与三八さん

私の仲人の名前である。私が八郎ー兄が三郎。兄は男で3番目、私が兄姉の8番目で八郎になった。
多くて最後の方は面倒だったのか、戦時戦後のドサクサでじっくり考えている余裕がなかったのだろうか? 
シンプルだ。兄も私も嫁さんを与三八が紹介してくれた「仲人」である。
三八に与えるで与三八である。そのことに気づいたのは、結婚して数年経ってからである。

本人に「自分の名を宿命と考えてか、ブラックジョークと考え意識して紹介したのか」と聞いた。
本人はエヘヘと笑って答えをはぐらかした。 まあ面白いものだ。
話が変わるが、最近はあまり行かなくなったが7〜8年までは、よく経営セミナーに行った。
会場の席とか食事等で隣席の人と話すと何処かで因縁がある事が多い。
またかと思うほど何処かで繋がっている。確率から考えて異常に多い。何かがあるのでは?目に見えない??

あるセミナーで聞いたが、「集まりで同じ姓名の人が集まる確率が、理屈ぬきで多い」という。
また誕生日も月単位で同じ人が集まるという。会社も斎藤だったら斎藤が集まるという。 
以前プロ野球で国鉄で、「田」のつく人が異常に多くて話題になったことがある。金田投手のいた頃だ。
自分の名前は大事だ。名前で無意識で縛られている事が多い。


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06月15日(日)
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