ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2628, 日本経済、どん底への転落
すべての悩みは、いずれは時間が解決をしてくれる。

どこの国でも「ジョーク」がある。日本では落語があったし、川柳もあった。
これは笑いを国民レベルで創作をしていたのだ。この随想日記にも「ジョーク」のコーナーがある。
最近は書き込みが少ないが。

まあ一番の笑いは、いい歳をして「お笑い」を見て大笑いしている自分だろう。

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2003年06月14日(土)
801, 一期一会 「一語一会」−2

「一期一会」それは元来、お茶の世界のこころとして
「すべての客を一生に一度の出会いとして、悔いのないようにもてなしなさい」という意味である。

 私が酒を人と飲む時に常に「一期一会」で飲むことにしている。
そうすると、飲み方が変わるのだ。
ある会が面白かった、といってそれはそのTPOS がたまたま良かっただけと割り切るのだ。
一回ごと徹底的に割り切って飲む。店でもそうだ、一回こっきりと常に割り切って楽しむ。
そうすると酒の味も、その場の感じ方が全く違ってくる。
スナックなどでボトルを入れる人の気持も解らないでもはないが、私は絶対に入れない。
あまり飲み屋のママにはいい顔をされないが、明日から二度と来ないかもしれない、という緊張感が良いのだ。
 
 そういえば一期一会の酒を数限りなく飲んできた。そして、その全てが思いで深い、よい酒であった。
桜と同じである。一回性だからこそよいのだ。年齢を重ねてくると、この意味が今更のように思い知らされる。
「べき時に、べく事を、べくすべし」を常に意識してことがよかった。
これは酒席だけの事を言っているのではない。

 言語学者の西江雅之のー「ことば」の課外授業ーという本に
「ことば」はその場、その時、一回限りである、という趣旨のことがあった。
ー以下に少し書きうつしてみるー
現実の場では、人はことばを二度と同じようには言えない。すべての発言は「一回限り」である。
たとえば「これは何ですか」と、同じ調子で二回言ったら、二回目はくどい
と思われます。怒鳴っていったり、これも当然違ってきます。
また何か言う場合には、必ず前後関係があります。それによって嫌味になったり、
単なる質問でしかなかったり、・・・・・・・・・

以上のとおり、ことばも一期一会である。もじれば「一語一会」といえる。
その意味では「ことば」にもっと注意をして話さなければならなかったと反省している。
それと感銘した「ことば」こそ一語一会と言える。 その意味でー事業百訓というカタチで、
その時々に書き残してきたことも一語一会を記録してきた事になる。この随想日記もそういうことになる。

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2002年06月14日(金)
437,地球に気が満ちている

朝散歩をしていて、今までにない全身に気が満ちていて驚いた。何故だろうか、そうだサッカーのせいだ。
一球に地球上の多くの人の気が集まっている、それを毎日見ている為だ。
ワールドカップはサッカーを通した国家間の戦争ともいえる。
オリンピックは多くの競技で行われるが、サッカーはその時間帯では一試合か二試合である。
それも自国の試合だけでなく、他の国も微妙に関係してくる。
少しのミスが取り返しのきかない致命傷になったりする。数億いや10億人以上が全神経を集中してみている。

庶民レベルでは、今地球上のイベントでは最大の催事といってよいだろう。
地元で行われることにより、私のようなあまり興味のない人間でも俄かファンになってしまう。
その為か見ている自分にまでも、そのエネルギーが流れてくる。
地球上がこの期間、人の気で満ち溢れる。これからは勝ち進んでいく国にそれが集中していくのだろう。
フランスが前回優勝した時のフランスの気は、満ち満ちていただろう。
これとオリンピックが隔年で行われるのだから、丁度よいバランスである。

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2001年06月14日(木)
[52] つれづれに

情報化社会がもたらしている時代の変化をつくずく感じる。
共産社会‐ソ連も東側ベルリンの壁も、遅くなったが自民党ー経政会?も壊してしてしまった。

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06月14日(土)
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