ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[396223hit]
■2601, 柏崎沖地震で原発が7基、停止しているが
・わたしたちは、自己の長所をしり、たがいの美点を見つめあい、生きている
ことの奇跡を讃えあうために地上に生まれてきたことを、思い出す必要がある。
試練に揉まれて人は甌穴のなかの岩に似ている。穴のなかで川の激流にもまれ、
翻弄されているうちに、角がとれて磨き上げられて、以前よりまるい、希少な岩になる。
穴から出てきたときには、もっと大きなレッスンを学び、もっと大きな人生を生きる準備ができている。
すべての悪夢は祝福に変わり、それが人生の一部となる。
人生は『なにが大切か』を、『本当の自分とは何か』を教えてくれる。
「おわりは逆向きのはじまりにすぎない」のだ。
『生がいいものだとわかれば死もいいものであるはずだ。生も死も、おなじ
名匠の手によってつくられたものであるからだ」
・海のそばに住んでいる人はたくさんいるが、しみじみ海をながめ、海を味わい
つくす人はほとんどいない。ほとんどの人は空の下に住んでいながら、星をながめ
ようともしない。わたしたちは本当に人生にふれ、味わい、堪能しているだろうか?
平凡の中にある非凡なものを,感知しているだろうか。
毎朝、目がさめるたびに、あなたが経験すべき人生を、
もう一日だけ与えられているのだ、といってもおなじことだろう。
その一日を、あなたが最後にフルに経験をしたのはいつだっただろう。
・いまの人生とおなじ人生は二度と手にすることはできない。
この人生ではたしてきた役割をもう一度演じることも、
もう一度これまでと同じように人生を経験することも、二度とない。
・あの両親のもとに生まれ、この家族を持ち、このこどもに恵まれ、
この環境、この状況のもとに生きてきたように、この世界を経験することは、もう二度とできない。
・おなじ顔ぶれの友人をもつことも、今生の生かぎりである。
あの海、あの空、あの空、あの愛する人を、最後にもう一度だけみたいと願うように
なるときまで待つ必要はない。
・・・・・
2003年5月18日
774, 30歳の頃(1976年)
この年は本当に大変な年であった。
その半年前に、新潟県長岡市駅前通りの繁華街の四角で衣料量販店をしている
実家の店に戻っていていた。 本店は当時6億の売り上げを上げていた。
家族内のトラブルで急遽、千葉の千城台で貸しビル経営と
(養老乃滝+焼きたてのパン屋)を経営委託にして、帰ってきたところであった。
仕入れに、販売に、新人の教育にと、いま考えてもよくやったと思う。
体が浮いているようでもあった。新卒を13名入れ、その戦力化に必死であった。衣料品は博打的要素が多い。
季節要因により、在庫の調整をしたり、流行の筋を早く見つけ一瞬で売り抜けなくてはならない。
岐阜・大阪・広島・岡山の産地を情報を頼りに現金を持って走り抜ける。
それも全く経験のない自分が、買い付けるのだ。よくやったと思う。必死とは不可能を可能にする。
目を吊り上げ、無我夢中で必死に仕事をしていた。
何ごともコツというものがある。
それは必死さの中から初めて掴む事ができる。
一シーズン3ヶ月の間に[導入・最盛・売り切り]と一ヶ月単位で博打をしていく。
それが面白い!当たればの話だが。
そのシーズンが当たると後の2シーズンがその勢いで上手くいく。
外れると、回復に2シーズンかかる。 従って間違えても外せないのが面白い!
五年近く従事したが、当時の自分の頭を自分で撫ぜてやりたい気がする。
反面いろいろの経験ができた。
安いビジネスホテルをさがして、規定のホテル代の差額と出張旅費で居酒屋とか、
地元の料理屋に行くのが楽しみであった。仕入れに、販売にゲームをしている感覚であった。
今のホテルも、その経験から顧客の立場で考え抜く事ができた。
その頃の社会的背景を書いてみる。
ー社会現象ではー
・ロッキード事件で田中角栄前首相逮捕
大型ジェット旅客機の売り込みを図るロッキード社から5億円の賄賂を受け取ったとして、
[5]続きを読む
05月18日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る