ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2579, 連鎖する大暴落 −2
 どこかの国にもいえることだ。いや組織にも!                      
                         −つづく
            ●・з)ノ" バイバイ〜♪
・・・・・・
2005年04月26日(火)
1484, 24歳の日記ー2         
  ー1970年3月22日
 
朝11時に、実家の店に手伝いに行き、17時まで手伝う。
よく売れるのに驚かされる。今日、大鵬を見ていておどろいてしまった。
再起不能といわれながら、努力で再起をして優勝をしたのだ。
ただ驚きである。人間の一番美しい姿を見せてもらった。

今日、一年の設計図の大枠を考えるつもりが何も考えられない。
どうしたことか、例の手紙のせいか気持ちが揺らいでいる。
明日は病院に行って、精密検査をしなくては。

ー3月23日
午前中は、病院で検査である。 午後は設計図を書いたが、いい加減である。
早々簡単に書けるわけがないが。 焦りだけあって、何もできないのだ。
こういう時間をもらっていながら、何もできないのが情けないが。
といって時間だけは過ぎていく。一日一日、一歩一歩、歩むしかない。走ろうとしても無理、
歩くしかないのだ。自分と直面して解るのは自分の甘さと、いい加減さである。

 ーーー
ー 3月30日
今朝、急に父が8時半に居間に集まるように言われた。
両親に、家の裏に住んでいる姉夫婦、兄の三郎、そして私である。遺言の内容の言い渡しという。

急なことで全員が、吃驚する。
ー内容の概略は以下の通りであるー
・大手通の本店のビルを私、兄、義兄の三人名義にする
・会社の名義も以上の三人の名義とする
・台町の社宅になっている土地と会社名義の資金も三人共有にする
・今後三人には、別個積み立てで毎月20万づつ積み立てる
・今朝白の土地と、父個人の名義の預金は、母のものとする
・父が万一の時は、母が社長となること
・株式は母も加えた4人名義とすること
 以上が遺言の骨子であった。

父が、兄と私の立場を心配をして作ってくれたものだ。
特に、一番足がかりのない私を心配したようだ。
早く言えば兄と、私と、姉夫婦に対して三等分にするという宣言であった。
姉夫婦は半分か三分の二と思っていたようだ。

それと「長姉夫婦の派手な生活ぶりに対する父親の怒りがあった」
ようだ。それにしても姉夫婦の華やかな生活振りには驚くが。
姉夫婦は、顔色を変えていたのが解った。しかし何にも言わせない父の迫力があった。

父親の私に対する心配がこうさせたのだろう。父親から、多くのものを得なくてはならない。
私もこれから力をつけなくてはならない。父が元気のうちにである。 ある意味で、
私の青春は終わったのだろう。これからは一個の人間として、自分に真の力をつけなくてはならないのだ。
今日で、青春は終わったのだ。
 −−−

ー2005年4月18日記ー
全く書いたことも憶えていない生活信条には驚いた。
これを土台にもっともっと書き直して、常に手帳に書いておけばもっと違った人生をおくれただろうに。
少し硬いが、いま読んでも面白い内容である。 もう少し、軽いもののほうが良かっただろうが。
書いてあることの方が、自分でいうのは何だがすごい。
書き残すことの重要性に社会に出てから無頓着だったようだ。
現在から考えてみても、よく狂わなかったものだ。それだけ追い詰められていたことを思い出す。

・・・・・・・・
2004年04月26日(月)
1119, 北朝鮮の怪?

 今回の北朝鮮の大爆発の事件,何か不可解な事件である。
数百メートルが瞬時吹っ飛んでいたのに、どうして電線から引火をしたのが
解るのだろうか? 組織的な大掛かりのテロ?
TVで「近くの中国側の街での噂で、今回の事件は暗殺未遂といわれている」とか、
「金総書記が通過する近くに、危険物を乗せた貨車があること自体不自然だ」とか、
報じていたが、異常な事件であることは間違いはない。
北朝鮮は単純なミスと報じていたが、そんなわけがない事件である。

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04月26日(土)
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