ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2503, 閑話小題 
 その団子を取り上げて面白おかしく描写をするのがエッセイである。
 人が見ないところまでよく観察して、人が読んでくれるような文章にするのがエッセイ。

3−論旨の方法ー 
 論述には、難しくいえば帰納法と演繹法がある。
 結論をまず出して、その要素を面白おかしく書く演繹法的手法と、
 謎を残しながらプロセスで引っ張りながら、最後にひねった内容にする手法がある。
 私の場合は両方を使うことを心がけているが。最後にヒネリを入れたニヤと笑わす手法。
 これは自然に出てくる? いや性格か?

4−文体の問題ー 
 文体には敬体と常体とある。
 敬体とは「です・ます」調と言われています。
 常体とは「だ・である」調と言われている。
 何もいわないと男性は常体で書く。
 敬体は形容詞がつかいにくくなる。
 従ってエッセイは常体で書くのは当然のことである。
 
5−テーマと寸法ー 
 テーマにも、大きいテーマ、小さなテーマがある。
 テーマが小さければサイズを小さくしなくてはならない。
 大きなテーマは長い文章になってしまう。
 小さなテーマを小粋にまとめるのが随想の醍醐味である。
                 ー続く
・・・・・・・・・
2003年02月10日(月)
677, イヤなやつ

「ぶざまな人生」があるなら「イヤなやつ」のテーマが
面白いだろうと調べたら有った有ったーサブテーマだが。
河盛好蔵が昭和33年に週間朝日にかいた「人とつき合う法」の第一章に
かいてあった「イヤなやつ」という文章があった。一部を書き写してみる。

ーー「私自身のことを考えてみると、私まず人に快感を与える容貌の持ち主で
ない。性質についていえば、他人の幸福より不幸を喜ぶ感情の悪さがある。
自分ではできるだけ怠けて、人をはたらかせ、その功を自分だけで独り占め
をしたいというズルさと、欲の深さがある。権力者にはなるべく逆らわないで、
進んでその権力に媚びようとする卑しさがある。・・・・・
自分に寛大で、他人には厳しくって、エゴイストの部分が非常に多い。
ケチで、感情高くって、他人の不幸にそ知らぬ顔をし、・・・・
考えてみると「イヤなやつ」要素・条件をことごとく持っている。
そしてそんな事を、あけすけに書いたほうが、かえって得になると
ひそかに計算しているのであるから、われながら謙悪にたえない」
-------------------
  
以上であるが、読んだ人はドキッとするはずだ、自分の事だからだ!
私など更に弱い相手には威張り、こすっからいし、馬鹿なくせに
より馬鹿が大嫌いで、酒癖が悪いし、書いていてイヤになる。
しかし「人間はイヤな奴の程度が高いか低いかの差」の存在でしかないのも知っている。
仏教でいう四苦八苦の中にも「怨憎会苦(おんぞうえく)」
:怨み憎む人と出会わなければならない苦ーがある。

人間誰でも持っている要素で、かつ何処かでいつも気にしている言葉
でもある。男は一歩外に出れば7人の敵がいるというがー8人の味方もいるが、敵から見たら
「イヤなやつ」になる。私などいつも言われてきたし、特にイヤなやつである。
ところでそれが如何したという開き直りがある。
私など言葉という凶器?があるから、いらない敵までつくってしまう。

ところで「いい人」とはどういう人か考えた事があった。
ある純朴な?居酒屋のママさんが人の好き嫌いがハッキリしていた。
あの人はいい人だ、いやな人だと明け透けにいっていた。
よく聞いているとー自分では気がついてないが、自分にとって今その時
都合のよい人が「よい人」、不快の人や都合の悪い人が「イヤなやつ」であった。
単純明快のところが大変面白いが、度が過ぎると問題だ。
彼女いつもストレスの塊になっていた。

人間という奴は本当に面白い!「イヤなやつ」をやったり、「よい人」をやったりしながら
色いろ人生を過ごしていく。夫婦なんて、この両方の織りなす柄を創っていくようなものだ。
嫁姑の関係も、その際にある。

・・・・・・・・
2002年02月10日(日)

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02月10日(日)
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