ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2331, 「ぼくの血となり肉となった500冊」ー2
“承”が内部がために終始した二年半、第二B・H、第三B・Hが“転”、
第四(第二の増築)が“結”にあたります。
(第一B・Hの創業の二年半の中にも起承転結はありましたが…)
そして、この五年間を“起”の時と圧縮して考えてみると、
今年より四年間は“承”の時にたとえられます。
今から過去五年間を考えてみて、一番地味であった“承”の時が
最も重要であったと思います。
その意味で今年よりこの四年間は本当に本当に重要な年に入った事を
自覚しなければなりません。それが充実すればするほど必ずやすばらしい
“転”“結”を生みだす原動力になるはずです。

ーS6103事業百訓ー
193 ・性相近
   ・習相遠(人間はうまれた時は能力に差はないが、
        努力の積み重ねでその差は無限となる)
194 今なる時はなかりけり。“い”の時くれば“ま”の時は去る。
195 べきときにべくる事をべきすべき。
196 創造とは伏従行為である。耳をすましてきこえない声を聞く。
197 生のほうから死をみると暗いが、死のほうから生をみると明るい。
198 五年あるいは五億が一つの壁、この壁をこえなくては
   並の中小企業か倒産かどちらかである。
199 今年はごまかしごまかしやってきた高度成長期の遺物が、
   かたずけられるといった程度の年。
200 感謝をすれば感謝のできる事が近よってくる。
201 現在の絶対的方向
  (1) 国際化が進む事
  (2) すべての面で自由化が進む
  (3) 都市の集中化が進行
  (4) 人工の老齢化が進む
  (5) 科学技術の想像を絶した発展
202 “美”の本質を追求していくと秩序を内在している。
203 “美”とは誰がみても美しい不思議。
204 古今の名作はわかりやすい。(難しさはきえやすい)

ーS6107事業百訓ー
205 他人によってキズつけられるのは自分のエゴイズムだけである。
206 善き人におきる事は必ず善き事である。
  (善き人には悪いことはおきない。)
207 みじめなということは低きところにおる人ではなくて、
   進むことのできなくなった人です。(八木重吉)
208 私みずからであること、それのみ絶対である。
   私みずからより大きい必要もない、
   私みずからである時のみ神をかんずる。
209 禅を通じて得たことは“徹すること”“こだわらぬこと”である。
   この二つがそのまま勝に通ずる。−川上哲治−
210 打破漆桶底(性の根底にある無明その底をぶち破る。
   その底がわれて仏とひとつづきになること)
211 もとはこちら、そのままけっこう
   (そのままけっこうがこの世の極楽である)
212 一日は一生の縮図です。
   それをさとって粛然たる思いがした時初めて人生の真実の一端に
   ふれたようなものです。
213 人の幸福をともに喜び、ひとの不幸をともにかなしむ

 ーーーーーーー
事業百訓ー1988年ーS6303 
  魂の色は何色
 5才の時、一年間牧師が毎週家庭に説教に来ていた時の事である。
牧師の質問が“魂の色は何色ですか?”であった。
姉兄等は当然答えられず、最後に私のところにきた。
一瞬考えた後の私の答が“魂の色は顔色”であった。
牧師と両親のその時の驚きを、今でもはっきり記憶しています。
そこであの時の牧師の用意していた答は何だったのか、
T氏と酒をのみながら話し合った事があるのですが、結論はでずじまいでした。
その時のT氏は“白光色”。私はおそらく“虹色”ではないかという意見だったようです。
もちろんこの話にはオチがつきます。
五才の子供にこの言葉の意味がわかる訳がなく、
肌色という意味で顔色という単語がでたのがそのタネあかしです。
しかし絶妙のタイミングで、絶妙な答であった事は事実でした。
今の私にこれ以上の“答”をだす事は不可能です。
せいぜい“目の色”“音色(ねいろ)”“夢色”“十人十色”です。
 でも本当にすばらしい答は“肌色”かもしれません。

ーS6305ー 新井石龍禅師に学んだ事 ー1

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08月21日(火)
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