ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2085, 哲学者が霊能者を一刀両断すると! −1
ドラマである。それが夏の時期に目の前で見れるのである。

数日に一回の崩落と思っていたが、モレノ氷河で1時間のうちに4回の
崩落が見ることができた。
静けさを打ち破る腹の底までとどろくような轟音ともに氷壁が崩れ落ちる。
その瞬間誰もが息を呑み見とれるのだ。時間が止まるとはこの事だろう。

そして同時に湖面に高波が立つ。氷河が氷山に変わったのだ。
その数十メートルか数百メートル先から、氷が裂ける轟音が時々
落雷のように聞こえるのが何ともいえないバックグランドの音になる。

小さい氷山が湖面に多く漂っているのが美しい形を創っている。
自然の芸術の展示会のようである。白鳥のようであったり、
船のようであったり、ラクダであったりする。
自然は本当に大芸術家であるというのは、別に文学的言葉では
ないことを思い知った!!

・・・・・・・・
2001年12月18日(火)
218,喜怒哀楽 -情念の世界

学生時代に読んだ、赤塚行雄の‘ナチの研究’の
「教祖の話術」が印象的な内容で今もはっきり憶えている。
ある意味で、運命的な出会いの本といってよい。
その本を読んでから、生きかたが全く変わってしまった。

その本の内容は、「ナチがいかにして短期間に大衆を惹きつけ、扇動したか」
の要素の分析であった。

ヒトラーの感情むきだしの演説の手法である。
大衆の感情にうったえる手法である。
感情を抑えるのでなく、むしろ前面におしだし自己を主張せよ。
「感情を抑えるのが理性でなく、むしろ燃え上がらせ、
その舵取りが理性であると。

大衆を感情的に徹底して扇動、熱狂させろ!大衆はそれを待っている」
「大衆は馬鹿な存在だ、それを待っている」というのだ。

かなり刺激的の本であった。
昔の記憶なので、かなり主観的な内容に変わっているが。

30歳少し前、長岡に帰ってきた時「おい堀井が変わってしまったぞ!」と
地元の友人に言われたのも、実はそれが大きい要因である。
考えてみれば単純なものだ。

しかし創造は発狂だということを実際体験した。
たいして狂ってなかったが。
これをやると決めたら全ての情念を叩き込む!

「もっともっと喜べ、怒れ、悲しめ、楽しめ!」というのだから。
周りは大変であったと思う。それも気づかれない様にやってるのだから。
本人はもっと大変だったが。ペルソナ(仮面)であったからだ。
長岡で全員が、その反対を真面目な顔で演技していたから驚いた。

感情豊かであるほど人間性豊かである。
感情豊かという事は、車のエンジンの排気量が大きいことに繋がる。
ガソリンは、感動・感激である。その為には超一流の芸術に接しることだ。
素晴らし音楽を聴くこと、絶景の場所に行くことだ。そのシャワーを浴びる事だ。

その時の感動が人間を豊かにするのだ!
というような教えであった。

殆どこの辺が創作になる。いやこの文そのものが偽悪の表現だが。
まっとうに生きようと思ったら、狂うしかないのも事実だ。

まっとうに生きるとは何かだが?自分の真に好きな事をみつけ忠実に生きる事だ!
それをやれば、世間様の目から見たら、狂っているとしか見えないからだ。

チロリチロリ、チンチロリ
一期は夢 ただ狂え  

今は「ホームページつくり」に狂ってます。
・・・・・・・
  
ある時間の断片
12月18日 1968年

9時に甥のムーちゃんに起こされる。
食後。浅草近くで電気商をしている従兄弟の治田さんが遊びに来る。
12歳も年上だが、子供の頃から殆ど変わってない万年青年だ。
彼を見ていると青春は年齢でなく、理想と創造性をいかに持ち続けるか
ということが解る。
写真マニアで子供の頃の写真は殆ど彼が撮ってくれたものだ。
昼飯を一緒にとって13時頃に帰る。

14時から17時まで卒論のマトメをする。
卒論の清書を一枚50円で姉に書いてもらうことにした。
50枚で2500円である。それに食事代を5000円を払うつもりであったので

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12月18日(月)
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