ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2070, 書画骨董の話 −2
という意味なのです。
・「時不待人」とは、「時間というものは、人を決して待ってはくれませんよ」
という意味なのです。
「無常迅速」と「光陰可惜」と 「時不待人」とは、三つがまったく同じ意味だ。
人間の生れ持つ怠惰な気持や過度な怠けを戒めています。
道元禅師は、このように同じことを三回も繰り返して戒めているが、
もっともっと「大事」なことは「生死事大」という。
「とにかく元気で生きていなさい。命があってこそ道は開ける。諦めてはならない」
ということが、三回もの強い戒めの第一番に出てきている。
そこが、易学とひじょうに「似た所」のことなのです。
根底にはお釈迦様の「罪を憎んで、人を憎まず」
のインドからの直通列車の仏教の教えです。
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2002年12月03日(火)
599, 忘年会
開業の年から毎年行われている会社の名物が忘年会である。
昨夜がその忘年会であった。
社内中心の新年会もあったが6^7年前からは行われてない。
とにかく盛り上がる。大体50人前後が出席する。
若い女子社員を先頭に一次会では座敷ゲームが行われる。
そのゲームでとにかく酒を飲ませるのがミソの様だ。
そこで最高潮になる。
今年のように大不況でも盛り上がりは最高潮だ。
お客さんがだいたい7割を占めるが、ほとんど人が営業か
営業経験者の為、遊び上手でうまく盛り上げてくれる。
昨夜も最高潮に盛り上がった。
毎年その日にボーナスを出すので、社員も気持ちが盛り上がっている。
とにかく若い人のエネルギーがよい。
時代時代により色々な忘年会の思い出がある。
急性アルコールで入院した人もいる。
この忘年会で初めて年末の到来を実感する。
過去に書いた文章をコピーしておきます。
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H0905 宴会好き!
創業来16年、当社の宴会が110回以上という。
私も宴会が好きな上に支配人がさらに好きというのが
この回数になったのだろう!
忘新年会、工事関係の祝賀会、海外旅行の出発、帰国、
理由をつけてよく飲んだものだ。
もともと私の父が宴会好きであった。
酒はあまり飲めなかったが、その雰囲気が好きで年に2回ぐらい、
無礼講で家族と従業員と取引先数人を集めて50〜60人の会を開いていた。
これが私の4〜5歳の時からで、親の目を盗んで日本酒を飲んでいた。
今考えてみても相当の盛り上がりで、これほど楽しい思い出はない位
だった。芸者や幇間や素人芸人を呼んで“粋”な会でもあった。
丁度、父が私と同じ位の年齢で親子がカタチを変え同じ事をくり返して
いると思うと“三つ子魂”何やらである。
当時の貧しい時代のハレとケのハレであったのであろう。
今でも忘れられない芸の一つがある。畳の上に一本の紐をおき、
その上をあたかもサ−カスの綱渡りのマネをする芸であった。
酔っているその姿が危なく面白おかしいのだ。その人も10年位前、
痴呆で亡くなった。
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[255] 税務捜査
2001/12/03 07:51
二年まえの9月の初め頃突然税務署に踏み込まれた。
基本として脱税はしない方針できた。
たまたまその年、広告塔の150万を看板として、20万以下にして
分散して,経費にして落としたのが指摘された。200万近くもっていかれたが。
皮肉なもので、たまたまその年、その一件だけ小手先を使ってしまった。
ある朝自宅に二人、事務所に二人、そして各ホテルに一人づつ合計8人が
10時に踏み込んできた。その瞬間私は刑事事件の‘被疑者’と同じ扱いである。
机の引き出しを全て開けられ、手帳もすべて押えられその内容を聞かれる。
三日間会社に監禁状態!(夜はもちろん開放されるが)
昼飯に食べに出ても何気なくつけられる。
その位しないと脱税は指摘できないだろうが、それなら「脱税をしなくては損だ」
と思うくらい、疑ってかかる。
自宅も刑事と同じように、調べあげる。
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12月03日(日)
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