ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1927, 閑話小題
このようにして問題の方が私の前に現われてきては、形をなしていった」と。
彼はまた、たとえば第一次大戦後に住んでいた家に出没する幽霊を話を率直に
語り始めたりもするのである。
またもう一つ、病気によって私に明らかになったことがあった。
それを公式的に表現すると、事物を在るがままに肯定するといえよう。
つまり、主観によってさからうことなく、在るものを無条件に『その通り(イエス)』
といえることである。
実在するものの諸条件を、私の見たままに、私がそれを理解したように受けいれる。
そして私自身の本質も、私がたまたまそうであるように、受けとめる。
ー病後にはじめて、私は自分の運命を肯定することがいかに大切かわかった。
ー私はまた、人は自分自身のなかに生じた考えを、価値判断の彼岸で、真実存在する
ものとして受けいれねばならないと、はっきり覚った。
これらによって語られているのは、自分のなかに湧きあがって来るものをそのまま受けとめ、
また事物を自己の主観というフィルターで歪めずに、あるがままに肯定して受けとめるという、
受容性の増大であろう。
これまでに見てきたように臨死体験者たちの多くは、自分の周囲のあらゆる人々や生物、
事物に心を開き、それらをあるがままに受け入れていくという傾向があった。
それは、自分自身のあるがままを素直に受け入れていくことと表裏一体である。
要するにそれは、「自己」という垣根を崩して自分の内と外により開かれていくという傾向である。
ユングも、外については「実在するものの諸条件を、私の見たままに」、
そして内については「私自身の本質も、私がたまたまそうであるように」
受け入れるようになったという。
だとすればユングの変化も、多くの臨死体験者と共通する方向への「成長」だったと
言ってよいだろう。つまりユングの場合も、「自己」という殻が崩れて自分の
内と外へと開かれいったのだ。
ただし、彼の場合、それが「宇宙と一体となるという感覚」につながっていたかどうかは
わからない。
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ユング(1875-1961 Carl Gustav Jung)
スイスの精神医学者,分析心理学の創始者。ボーデン湖畔ケスビルに牧師の子とし
て生まれる。
バーゼル大学医学部卒。E.ブロイラー,P.ジャネ,S.フロイトらに学ぶ。
とりわけフロイトとは1907年の初会見以来親交を重ね一時後継者と目されるが,
1913年に訣別。
〈集合的無意識〉〈元型〉〈自己〉といった独自の概念を駆使して人類の心の深層を
探査し続けたその営為は,特に1970年代以降世界的な注目を集めている。
超常現象,東洋思想,ヘルメス的伝統(ヘルメス思想)などの再評価という側面からも,
大きな現代的関心が寄せられる思想家。
(マイペディア97(C)株式会社日立デジタル平凡社より)
主著
《変容の象徴》(1912年),《タイプ論》(1921年),《心理学と錬金術》
(1944年),《結合の神秘》(1956年)など。
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2003年07月13日(日)
830, アラスカ旅行記ー5
ーアラスカつれづれに
アラスカで感じたのは、豊かさである。ーそして、その対比としての日本の
豊かさの底の浅さだ。
・高校の前を通ったら、大きな駐車場があった。
16歳で免許が取れるという。多くの高校生が車で通学をしていると
いう。
16歳以下でも親と一緒であれば運転できる免許もあるという。
・また地域性もあるが、50人に一人当たり割合で飛行機を持っていると
いう。
飛行機の車輪部分を季節ごとに変えることができるという。
冬はスキーを履き、夏は車輪、湖や河では浮き輪を付け替えるという。
安いので500〜600万で買えるという。
夏は釣りや泳ぎに、冬はスキーとかに、色いろの場所に下りて
遊ぶという。
それでも、夏の期間が短く、秋はほとんどなく冬が長いために、
鬱病になってしまう人が多いとか。
・アンカレッジの街を歩いていても、豊かさが直に伝わってくる。
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07月13日(木)
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