ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1924, ワールドカップー2
                     ―「偶像の薄明」―

・人間は行動を約束することはできても、感情は約束できない。
 自己欺瞞なしで永遠の愛を誓うものは、愛情の見せかけを永遠に約束するものだ。
                     ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・武装平和とは、自国と隣国を信頼せず、
 半ば憎悪、半ば恐怖から武器を放棄しかねる意向上の平和である。
                     ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・どちらも相手を通して自分個人の目標を何か達成しようとするような夫婦関係はうまくいく。
 例えば妻が夫によって有名になろうとし、夫が妻を通して愛されようとするよう場合である。

・地球は皮膚を持っている。そしてその皮膚はさまざまな病気も持っている。
その病気の一つが人間である。
                     ―「ツァラトゥストラ」―
                     
・男が本当に好きなものは二つ――危険と遊びである。
 そしてまた、男は女を愛するが、それはもっとも危険な遊びであるからである。

・人間とは神の失敗作に過ぎないのか、それとも神こそ人間の失敗作にすぎぬのか。

・たくさんのことを生半可に知っているよりは何にも知らないほうがよい。

・脱皮できない蛇は滅びる。その意見をとりかえていくことを妨げられた精神も同様だ。
                     ―「曙光」―

・高く登ろうと思うなら、自分の足を使うことだ!
 高いところへは、他人によって運ばれてはならない。人の背中や頭に乗ってはならない!
                     ―「ツァラトゥストラ」―

・到達された自由のしるしは何か?――自己自身に対して恥じないこと。

・話題に窮したとき、自分の友人の秘密を暴露しないものはまれである。
                     ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・多く考える人は党員には向かない。というのは党派などを突き抜けて考えてしまう
 からである。
                     ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。
                     ―「権力への意志」―

・善悪において一個の創造者になろうとするものは、まず破壊者でなければならない。
 そして、一切の価値を粉砕せねばならない。
                     ―「この人を見よ」―

・悪意というものは他人の苦痛自体を目的とするのではなく、
 われわれ自身の享楽を目的とする。

・君は言う「善行のためには戦いを犠牲にせよ」と。
 私は言う「善戦のためには万物を犠牲にする」と。
                      ―「ツァラトゥストラ」―

・世論と共に考えるような人は、自分で目隠しをし、自分で耳に栓をしているのである。
                      ―「反時代的考察」―

・宗教は間接的にも直接的にも教義としても比喩としても、いまだかつて一つの真理も含んだとはない。
といのは、どんな宗教も不安と欲求から生まれたものであるから。
                       ―「人間的な、あまりに人間的な」―

・人間は、もはや誇りをもって生きることができないときには、誇らしげに死ぬべきである。
                       ―「偶像の黎明」―

                       ―「人間的な、あまりに人間的な」―
                       
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2003年07月10日(木)
827, アラスカ旅行記ー2

ーデナリ国立公園ーa
 今回のハイライトは、なんといってもデナリ国立公園のワイルドライフツアーであった。

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07月10日(月)
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