ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[397560hit]
■1905, グーグル Google −10
命令が出される過程に何らかの形で参画すれば、だれでもその命令を守る気になる。
5・顔をつぶさない。顔を立てる。
・たとえ自分が正しく、相手が絶対に間違っていも、その顔をつぶすことは、
相手の自尊心を傷つけるだけに終わる。
6・わずかなことでも、惜しみなく、心からほめる。
7・期待をかける。
8・激励する。
9・喜んで協力させる。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2004年06月21日(月)
1175, 哲学について −7
ードイツ哲学の時代
イギリスの経験主義哲学につづいて、ドイツ哲学の時代がくる。
18〜19世紀にかけて古代ギリシャに匹敵するほどの哲学がドイツを中心に発展する。
その先がけがカントで、
それまでの合理主義哲学と経験主義哲学を統一させた。
「人が経験することができるのは、身体的なあり方によって枠組みをされており、
その枠組みのなかでしか、個々のものごとの存在を想像することができない」と説いた。
盲人にとって、見ることを理解することができない、嗅覚のない人も臭いについて
理解するのは不可能である。
人間の理解は、その持っている機能の範囲内に限られる。
カントの文章は非常に深遠で難解で、理解することが非常にむずかしい。
カントの思想はショーペンファウアーによって受け継がれ、
さらに豊かなものになっていく。
ヘーゲルは絶対的な観念論をうみだした。
彼は「現実世界のすべてとその歴史を、精神的なものが発展していく姿」と考え、
世界と現実は自己認識に到達するための歴史的プロセスと考えた。
その過程は「正、反、合」の三つのプロセスを繰りかえし、
すべての変化の理由とした。
マルクスはヘーゲル哲学を基礎として観念論から唯物論を導き出した。
ニーチェはあらゆる既存の道徳を攻撃した。
彼は「神が死んだ」という有名な言葉を残した。
当時の価値観はギリシャ哲学とユダヤ教徒キリスト教の教えが土台になっていた。
しかし当時は、その信仰心が薄れていて、自らの価値観を求められていた。
その土壌の上で、多くの偉大な哲学者が輩出したのである。
この頃の哲学者が生み出した思想は現代哲学に大きく影響している。
そして現代の哲学が現れてくる。
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
2003年06月21日(土)
808, 大丈夫
一休が死ぬ間際に、自分が死んだ後もし如何にもならなくなった時に開く
ようにと一通の封筒を残した。
そして残されたものが、如何にもならなくなった時がきた時に封筒を開いた。
その中味には「何とかなる!」と書いてあったという話が残っている。
本当かどうか解らないが、一休らしい逸話である。
先日、本屋で立ち読みをしていたら、
ある本の目次に「女に持てる法」という項目があった。
さてと心トキメイテそこをみて驚いた。
常に「大丈夫!」といい続けることだと。
何か肩透かしを食らったようであったが、納得した。
言葉だけでも、誰もが「大丈夫!」といって欲しいのが心理である。
それも女性なら尚のことである。
最悪の「死」を考えてみても、死んだ瞬間には本人にとって死ではなくなる。
あるのは「死」に対する恐怖である。だから何事も「大丈夫!」といえるのだ。
何事も90数lが、あくまでも不安という恐怖心でしかない。
話はそれるが「女にもてる法」といえば、
九州の学生時代の友人が新潟に遊びに来たときの話である。
彼は長崎で飲食店を数軒経営しているのだが、女性が大好きだという。
そして、女にもてる話が始まった。
実際にもてるのだろう、なかなか含蓄があった。
ー我われ中年はそうでなくても若い人から見たら脂ぎっている。
それを自覚して「演技でよいからポヨーンとして、女には全く興味がない
ようにしていなくてはならない。それで普通の状態に見られる。」
なるほど一理があるが、勝手に持てているのは自分だけ信じているのが面白い。
[5]続きを読む
06月21日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る