ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■1893, 不良のための読書術−1
状態へ達したと思われる人々のことを、彼は「自己実現した人間」と呼び ました。
しかし、心理的・精神的に「最高の状態」や「完全な発展」を問おうとすれば、何が
「最高の状態」で、何が「完全」であるのかという価値基準や判断の問題がつねに
つい てまわります。そこでマズローは、客観的・分析的な心理学の方法ではなく、
いわば循 環的方法を採用しました。
循環的方法とは何でしょうか。とりあえず世間一般で通用している言葉から優れた
「人間性」を意味するものを集め、その用い方や定義をつきあわせ、論理的にも事実の
上でも矛盾するところがあればそれを除き、定義をしなおす。
そしてその定義に適合すると思われる「自己実現した人間」のデータを集め、
それによってもとの定義をもう一 度検討する。
こうして修正された定義からさらにデータを見直すという作業を繰り返す。
このよう にラセン階段を登るように修正を繰り返して定義を検討していくのが、
循環的方法です。
このプロセスをへて、最初はあいまいだった日常的な用語をますます厳密で科学的な のに
しながら研究を深めていくのです。
こうしてマズローは、たとえばアインシュタイン、シュバイツァー、マルティン・ブ ーバー、
鈴木大拙、ベンジャミン・フランクリン等の著名人を含む、多くの自己実現し たと思われる
人々を研究しました。この研究を通してマズローが気づいたことの一つは、 高度に成熟し、
自己実現した人々の生活上の動機や認知のあり方が、大多数の平均的な 人々の日常的な
それとはっきりとした違いを示しているということでした。
平均的な人々の日常的な認識のあり方と区別される、自己実現人の認識のあり方を彼 は
B認識と呼びました。BとはBeing(存在・生命)の略です。こうした認識のあ り方が、
実は覚醒とか悟りとか呼ばれるものとぴったりと重なるといえるのです。
◆至高体験
ところで、マズローがこの研究を学問的に説得力のあるものにすることが出来たのは、
ごく少数の「自己実現した人間」の研究ばかりでなく、平均人の一時的な自己実現とでも
いうべき「至高体験」の研究をも同時に行ったからなのです。
「至高体験」とは、個人として経験しうる「最高」、「絶頂=ピーク」の瞬間の体験 の
ことです。それは、深い愛情の実感やエクスタシーのなかで出会う体験かも知れませ ん。
あるいは、芸術的な創造活動や素晴らしい仕事を完成させたときの充実感のなかで
体験されるかも知れません。
ともあれそれは、一人の人間の人生の最高の瞬間であると同時に、その魂のもっとも
深い部分を震撼させ、その人間を一変させるような大きな影響力を秘めた体験でもある
といわれます。そうした体験をすすんで他人に話す人は少ないでしょうが、しかし、
マ ズローが調査をしてみるとこうした「至高体験」を持っている人が非常に多いことに
気 がついたというのです。
ここで大切なのは、いわゆる「平均的な人々」のきわめて多くが「至高体験」を持っ ており、
その非日常的な体験が、「自己実現」とは何かを一時的にではありますが、
あ る程度は垣間見せてくれるということです。
何らかの「至高体験」を持ったことがある 者は誰でも、短期間にせよ
「自己実現した人々」に見られるのと同じ多くの特徴を示す のです。
つまり、しばらくの間彼らは自己実現者になるのです。
私たちの言葉でいえば、 至高体験者とは、一時的な自己実現者、覚醒者なのです。
こうしてマズローは、ごく少数の人々にしか見られない「自己実現」の姿を、
多くの 人々が体験する「至高体験」と重ね合わせることにより、彼の研究の意味をより
一般的 なものにし、その内容をより豊かなものにしたのです。
以上で、覚醒と至高体験の区別をマズローに負っているという意味が理解いただけた でしょう。
至高体験とは、つかのまの覚醒を意味する言葉として使用しているのです。
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2002年06月09日(日)
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