ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■7895,閑話小題 〜:年内に一騒動ならば、それ何…
ものの、実際には相手をケナしたところでその人本人の価値が上がるわけでない。
ところが本人はそのことに気づいていないため、必死にそれを繰り返す。
優越感を持ちたい人は、家族や知人間で価値ある人間だと思われたい。
そして自分に価値が無ければ家族や仲間が離れてしまう恐怖を抱えている。
そのため家族や仲間が離れていかないよう、自分にそれだけの価値があると
思わせたい。しかし自分にそれほどの価値があると証明できないなら、家族や
仲間の価値を下げればいい…というNot-Self(自分らしくない状態)に陥る。≫
―
▼ 娑婆には、このコテコテの小キツネが面白いほど存在する。
他人の不幸は蜜の味と、蜜を振りまいている輩たち。
『メシウマ』=「他人の不幸で今日も飯がうまい!」。
『メシマズ』=「人の不幸でメシが不味い!」と、粗探しを酒のツマミにする。
それが、「生きづらさを自ら生産していることに自ら気づかない。
アドラーは、この性を「価値低減傾向」と名づけ戒める。
ところで、私たちは、これを自分の過去に対してしているのでは?
青少年期頃の若気の至りのフラッシュからウジウジして… 酷いのになると、
痴呆症の悪例として、身近な人に、遥か昔の妄想に脚色をつけた窃盗などを
ぶつける。『価値低減傾向』より性質が悪い話を聞く。日本社会の特徴の一つに
「同調圧力」の強さと「自尊意識の低さ」がある。自尊心が無いため、他者に
対する異質を取上げ、攻撃にまわる。 それは、歪んだ自虐でもある。
淀んだ社会では、仕方がないのか。
――――
2016/12/04
つれづれに哲学 〜嘆きの谷
「生きづらさからの脱却」岸見一郎著
* アドラーの「嘆きの谷」
私がみるに、悲観的傾向が強い人が、女性で3人に1人、男性が4人に1人
の割にいる。その中で更に強い人は1割ぐらいか。知人にも数人、非常に悲観的
思考の強い人がいる。連れ合いとの不適性があるが、何もかもを悲観的に捉える。
ある婦人、目を見張るほど美人だが、いや、だった?が、常時、ウツ状態。
誰も躁鬱の波を乗越えて生きているが、問題はマイナスの程度。アドラーはカント
同様、クル病だが、そのハンデを乗越え、フロイト、ユングにつづく三大心理学者
の一人になっている。根には、「その程度のことで、何で落ち込んでいるのか!」
があるため、説得力が強い。
〜その一節から〜
≪ 世界を「嘆きの谷」と見ようとし、いつも苦しんでいる人がいる。
アドラーはそのような人は「途方もない重荷を担って人生を歩もうと不断に
努力をする」と言っている。些細な困難をも誇張し、将来についても悲観的に
しか見ない。身のまわりで喜ばしいことが起ると不安になり、どんな対人関係
にも「影の面」を持ち込む。
「嘆きの谷」という言葉は元もと旧約聖書の『詩編』に出てくる。
エルサレムに巡礼する人は、乾燥のため枯れ果てた谷底の道を歩まなければ
ならなかった。このような人が、世界を「嘆きの谷」と見ようとするのはどう
いうことか。アドラーの解釈と違って、『詩編』では、神によって勇気を出し、
広い道を見ている人は「嘆きの谷を通る時でも、そこを泉とするだろう」と
言われている。生きている限り、「嘆きの谷」を避けては通れないが、勇気
ある人はそれを「泉」と見るのである。ところが、この世界の嘆きの谷とみて、
どんな喜べる機会にも、「カッサドラの叫び」しかあげない人がいるとアドラー
はいう。ギリシャ神話に出てくるカッサドラはアポロンに愛された。アポロンは
カッサドラに愛を得るために彼女に予言能力を与えた。しかし彼女は、アポロン
の求愛を断った。そのため、アポロンは誰も彼女の予言を信じないようにした。
カッサンドラはトロイアの滅亡を予言されたが、無視された。
アドラーは、<この世界を嘆きの谷とみて、「カッサンドラの叫びしかあげない」
というのは、不吉なことしか言わないという意味だが、決して、トロイアの滅亡
を望んでいた訳でない。
〜ネット検索に、「嘆きの谷」で調べると、
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